嘘。
「おはよう、雄一。元気になったみたいだね」
「……あぁ、熱がないって意味での元気な。おはよう一郎太。とりあえずなんでお前俺のベッドで寝てるの?」
目を覚ますと俺のベッド、顔を見合わせるように男の一郎太がニヤニヤと笑いながら俺の腕を枕がわりにして寝転がっていた。
状況を把握できていない俺は長年の経験から動揺を隠し冷静を装う。
柔道と同じように奇襲をされても冷静にいられるという経験が活きた。
一郎太は思ったより反応が薄いということを思っただろう。そのあと面白くなさそうな表情でネタバラシをしてくる。
「いつも俺が起こしてるから、どうも割に合わないなと思ったんだ。だから起こす方法を俺も『得する』方法を考えただけだが」
「だからといって男で俺の隣に寝ているのはどうかと思うけど」
俺は的確な判断をしたと思っている。
俺を動揺の振れ幅で驚かせるなら女性で俺の隣に寝ている程度が一番いい。
あとついでに裸だとなおよしだ。
絶対ドキドキして、理性が飛び抱きしめているに違いない。
俺が言うんだ、間違いない!
「ちぇ、つまらないな。今度は『私』のときに横になるとするよ」
「そう願う」
嬉しい半分で答える。
一郎太が起き上がるのを確認したあと、俺も続いて起き上がろうとした。
そこで違和感を感じる。いつもより通気性がいい気がした。
「なぁ、お前、俺のズボンどこにやった?」
寝巻きにしている高校時代のハーフパンツを履いておらず、トランクス一枚しか履いてなかった。
一郎太は返事をしない。俺は彼を見ると、悪戯っぽく笑っていた。
「ご馳走様でした」
「おま……!」
思わず股間を押さえつける。
その行動に一郎太は腹を抱えて笑った。
「嘘だよ。嘘。いやぁ、悪戯も悪くない」
「返せよ! 今すぐ!」
「はいはい」
一郎太は笑いながら影に隠していたハーフパンツを取り出し俺に投げ捨てる。
それを受け取った俺は目にも留まらぬ速さでズボンを履いた。
そしてご飯を食べるテーブルまで詰め寄った。
「おまえやっていいことといけないことが……!」
「はいはい。でもヤっていないぞ?」
「なっ……」
俺の動揺に一郎太は笑うと、テーブルに朝ごはんを置いていく。
白米に、味噌汁、ほうれん草の浸しと、生卵だ。
俺の茶碗にだけ、一郎太より多く盛られていた。
「ほら、朝飯だ。食べるよ」
「ちっ、ほんとムカつく」
「どうとでも」
俺は椅子に座ると、一郎太も対面の椅子に座り手を合わせた。
俺たちの朝はこうして始まった。
「今日も、それでいくのか?」
一郎太は今日も女性の服装で歩いていた。体も女性で髪の毛も長く男性の時の一郎太とは違う香りを纏っていた。
女性用の香水とか置いてあるのだろうか。でも部屋にはそんな匂いはしなかった気がするんだけどな……。
「そりゃそうでしょ? 復讐の第一歩。雄一と私のイチャラブっぷりを見せつけるっていうのがあるんだから」
「イチャイチャはわかるけどイチャラブってなに」
「もうベッタベタのドッキドキのことをするのよ」
ふんす。と鼻息荒く話す一郎太は女性でも言ってることは同じだった。
男性と女性で正確に差があるのかなと思っていたが差はなかった。そうでなければいけないというのはないが、二重人格だったら……と思うと面倒くさいと思う程度だろう。
「あー、だいたい普通の人が見て冷やかしを受けるくらいのことをするというのはわかった」
つまり、交差点でキスとか、路地裏でセックスとかのレベル……所謂、エロゲーのやることだろう。
割とノリノリの一郎太に俺は曖昧な返事しかできなかった。
何故なら一郎太は俺の中では男であるからだ。
男同士で、デートとかセックスとかするわけがない。それに、男同士で愛情やら恋愛なんてあるわけがない。
そうやって俺は自分に言い聞かせた。
その反応に一郎太はつまらなさそうな顔をする。
「なに? 乗り気じゃないの?」
「いや、なんていうか……あいつに女性のときの一郎太知られていないって聞いたからさ」
話をはぐらかした。
「あぁ、あのクソ女ね」
それはゲームセンターの時の話だ。
元カノのあいつは女性間のコミュニティが広いらしく、私の知らない女性は少ないらしい。
つまり、女性のときの一郎太の存在は謎であり特定をされてしまえば一郎太の立場が危ぶまれるということになる。
もし、女装している一郎太とバレたら。
もし、一郎太がセクシャルトランスとバレたら。
また社会的に殺されてしまう。
俺はその危険性が、一郎太の身の回りに潜んでいると思った。
「それなら気にしないでいいよ」
しかし、一郎太の返事は安心してという軽い返事だった。
「何故だ? お前の立場が危うくなるくらいならしたくない……」
「ほら、これ」
そう言って俺に見せてきたのは、緑の紐で吊るされた学生証だ。
その学生証は女性の一郎太の顔があった。
「ここだけの話、この学校のとある先生にはそのことを話してあって、ちゃんと了承を得ているの。だから私という一郎太は男性としても女性としても入学してることになってるのよ」
「……まじか」
「まじです」
だから、と言って俺の腕に絡みついてきた。
ふにゅっとした柔らかいものが俺に押し付けられる。
その感触に俺の心臓は高鳴った。
「こうやって正々堂々イチャイチャできるんだよ? 雄一」
「……お、俺は、まだお前のことす、好きだなんて」
「別に思っても思わなくてもいいよ」
「え……?」
暗い表情をしている一郎太。
「これは雄一の復讐なんだから。この復讐には恋愛もないよ」
「……」
そう、これは復讐だ。
取っ替え引っ替えしている奴への、復讐なんだ。
「だから、この復讐で私のこと好きにならないでね。私も、そのつもりだから」
「嘘だ。だってあの時……」
「好きだって告白したこと? あれは演技だってわからない? 雄一が私に歩み寄らないとクソ女をだし抜けないでしょ?」
確かにそう言われればそうだ。
でも、今までのあの好意の押し付けは全部嘘だと思うと……なぜか寂しく感じた。
気持ちとは別の何かが離れていく気がした。
隣にいる一郎太がとても遠く感じた。
「ほら、行こう? 雄一」
頬を少し赤らめた一郎太は俺の腕を引っ張り、講義室へと向かった。