飯田一郎太の秘密。
家に帰るときは一郎太はこそこそと帰宅した。
「ほら、女装してるのバレたら困るじゃん」
「……確かにね」
俺は一郎太の意見に賛同して先行した。
一郎太が鍵を開けている間に誰かに見られでもしたら問題になるからだ。
俺たちの部屋に到着すると俺は一度周りを見渡す。
誰もいないことを確認した俺は鍵を開けて扉を全開にした。
その隙に一郎太はダッシュで部屋に入るのを確認した俺は続いて中に入る。
「はぁ、はぁ。バレてないよね?」
「多分。しっかりと確認したつもりだけど……」
めちゃくちゃ疲れた。と俺は呟いた。
「さっさと中に入って証拠隠滅しないとね」
「あぁ、そうするよ……ってうわ!」
思わずつんのめった俺は倒れそうになる。
目の前にはガラス細工のような一郎太がいる。
絶対に怪我させれない。と思った俺は全力で壁をつっかえ棒の要領で押したが腕が効かなかった。
どさりと音が聞こえた。
「……」
「……」
声が出なかった。
キスをしていた。と言うわけではない。
なんの不可抗力なのか、俺の両腕は一郎太の女装服を捲り上げていた。
不健康そうな肌が。白い肌が。
女性特有の腹筋の割れ方が……縦に筋が一本だけあった。
そして女性特有のくびれが……。
そして、胸にはたわわな、女性の肌着と、一郎太の胸が……そこにあった。
「……い、あ」
「……」
言葉が出なかった。
だっておかしいじゃないか。ここは女人四足禁制の男子限定の寮だぞ?
「……い、一郎……」
「……とりあえず手を離してもらえないかな?」
冷静な言葉に俺はハッとして飛び退いた。
なにが何かわからず、震える腕で口を塞いだ。
なにが……なにが起きているのかわからない。
なにがあった?
目の前にいたのは一郎太だ。
今日一日ずっといたのはルームメイトの一郎太だ。
入学式からずっと一緒にいた一郎太だ。
飯田、一郎太だ。
一郎太は服をただした後、ゆっくりと立ち上がり部屋の奥へと向かう。
「……あ、一郎……た?」
「入ってきなよ。ずっと黙っていたことを話すからさ」
一郎太の冷静な言葉にドギマギする俺は恐る恐る中へと向かう。
そこにはまだ女性服の一郎太がいた。
ポツンと立っていた。
深呼吸をする。
二度……。
三度……。
口を閉じても漏れ出す焦り。
「お、お前は……い、一体……なんだ?」
その言葉に一郎太は微笑んだ。
「雄一。雄一は前に言ったよね?
人は皆、秘密や隠し事がある。
それは俺にもあって、すれ違う人にもあり、俺と顔を合わせたことのない人も、子供も、赤ん坊も、全員何かしらの秘密を持っている。
人は皆、同じ者であり違う者だって。
例えば三十手前の男性は髪の毛ふさふさだけど、実はヅラなんですとか。
例えば十八歳の高校生は見た目清純だけど、実はビッチでヤリマンなんですとか。
例えば五歳の子どもは純情だけど幼稚園では子供を泣かしたりする性格がどぎつい子とか。
人は皆、違う者であり同じ者である。
だから、みんながみんな表の顔と裏の顔が存在しているって」
それは俺の言葉だ。昔、一郎太に教えた言葉だ。
「だから『俺』は、『私』は、雄一に秘密を教えてあげる」
服を脱ぎ捨てた。
一郎太は服を脱ぎ捨てた。
「ばっか! やめ……」
そこにあったのは細身の体。
さっきまでの女性特有の体がなかった。
細身の男性の体つきだった。
そして髪の毛が……さっきまであった長い髪がそこにはなく、茶髪の短い髪があった。
「俺は飯田一郎太。性同一性転換障害っていう病気にかかっている人間だ」
「……初めて聞いたよ。それ」
そりゃそうだよ。と一郎太は笑った。
「雄一にも、誰にも教えていないことなんだから」
「なんで……」
「俺に教えたって?」
首を縦に振った。言葉が出なかった。
「そりゃルームメイトだからさ。そして疑り深く、口が硬いと俺が思ったからさ」
「……いや意味ワカンねぇよ」
一郎太は歩み寄ってくる。
「雄一はさ、俺のこと見ても化け物だと思わないんだね」
「……」
理解ができなかった。
目の前にあることも、全然。
わからなかった。
「普通、俺の体をみたらびっくりするでしょ? 化け物だっていうでしょ?」
彼は、彼女は笑っていた。
悲しそうに、笑っていた。
「雄一なら、怖がらないって思ったんだ。ただそれだけなんだよ」
純粋な思いに俺はどうしたらいいのかわからなかった。
「雄一さっき言った言葉」
「隠し事とかの話?」
「うん」
男性の体で、女性の仕草をした一郎太。
「俺、嬉しかったんだ。みんな違うけど、みんな同じだって。みんなそれぞれ抱えているものがあるって。そう言ってくれた時に俺救われたんだ」
「……」
「だから、雄一に見せてもいいって思ったんだ。だからこうやって女性の体になったんだ」
人は皆、秘密や隠し事がある。
それは俺にもあって、すれ違う人にもあり、俺と顔を合わせたことのない人も、子供も、赤ん坊も、全員何かしらの秘密を持っている。
人は皆、同じ者であり違う者だ。
例えば三十手前の男性は髪の毛ふさふさだけど、実はヅラなんですとか。
例えば十八歳の高校生は見た目清純だけど、実はビッチでヤリマンなんですとか。
例えば五歳の子どもは純情だけど幼稚園では子供を泣かしたりする性格がどぎつい子とか。
人は皆、違う者であり同じ者である。
だから、みんながみんな表の顔と裏の顔が存在している。
「俺は、雄一のことが」
目の前にいる。一郎太はそんな腐りきった人間の象徴とも言える……。
「好きだ」
ひどく残酷な現実だった。