出会い。
俺たちがデートをしている間に少しだけ彼女、飯田一郎太との出会いについて話そうと思う。
そもそもの出会いは入学式の時だった。
その時はたしか五十音順に並んでいて、横に座っていくと丁度『飯田』と『西田』という名前が近くにあったというだけの話だった。
だからといって何かの運命的な出会いでは無く、その時点の一郎太はその細身の薄幸さに女性から注目の的になっていた。
そりゃそうだろう。
入学試験の時に彼がいるならば注目の的になるのは間違いない。
「わー、受かったんだね! おめでとう!」
「いやいや君も受かっていたんだね。四年間よろしく」
当たり障りのないその受け答えに俺は内心ムカついていた。
なぜならば俺は部活一筋で学校を過ごしていたから女性関係について疎遠だったからだ。
簡単に言えば嫉妬……だったのかもしれない。
あの時の俺はストイックな生活を重視していて女性との関係を断ち切っていたわけだし、仕方ないと思えばそうなのだがあの頑張っていなさそうな一郎太の体がとても気に入らなかった。というのがあったし、男というのは云々といろいろ個人的なエゴが混じっていたのは間違いない。
一郎太が俺の視線に気付くとにこりと微笑んできた。
「……ケッ、優男かよ」
と悪態ついていたのを覚えている。
大学は前にもいったが全寮制で、家から通学することはできないようになっている。
しっかりと勉学に励ませる為だというが、高校まで一緒に暮らしてきた親と離れることとなるとやはり寂しいもので俺は全寮制のここがまるで監獄のようだと蔑んでいた。
なら進まなければよかったじゃないかといえばそうなのだが、授業料などの激安さがやはり決め手だろう。
俺の家庭は母子家庭で母親が女手一つで俺を育ててきたから……と言えばみんながみんな、『まぁ、仕方ないよな』と答えるのは明確だった。
「ここでは女人四足禁制となっている。もし触れるとなれば一ヶ月掃除当番をやらせるのが決まっている。わかったな!」
寮長である大学の先輩が大声で俺たちに言う。
ぼんやりと家ではなにやっているだろうなと思っていると、俺の肩をつんつんと突いてくるやつがいた。
一郎太だった。
「なぁなぁ、四足ってどう言うことだ?」
「あー、犬、猫、亀などの四足歩行の動物を飼育を禁止するってことだ」
「へぇ、君頭いいな、俺、飯田。飯田一郎太」
「……西田雄一」
さりげなく褒めてくる一郎太の言葉に少しだけ鼻が高くなり鼻の下を擦った。
「この寮では二人一組で共同生活することが決められている。くじ引きは余った者でやるため、先に一緒に共同生活をしたいと思うものがいるならば挙手をしろ」
寮長がいうと、入学式の時に仲良くなった男同士が手を上げていくのが見えた。
「西田君は、誰かいるのかい?」
一郎太はまた俺に話しかけてくる。
「別に、いないからくじ引きで決めてもらおうかなと思ってる」
そっちの方が義務的で気が落ち着く。赤の他人との共同生活は嫌だがそっちの方が心構えができていいかなと思っていた。
「へぇ、じゃあ俺とルームメイトにならない?」
「は?」
一郎太はにまぁとだらしない笑顔を作った。
「だってルームメイトいないんでしょ? 俺もいないからお互いウィンウィンだぜ?」
「といっても……」
俺はお前のことあんまり好きじゃない。
……好きじゃないってなんだ? 違う。俺はこいつの事を苦手としているんだ。
「まぁ、乗りかかった船だと思ってさー」
「いや、待て……」
「あとはいないかー? いないならくじ引きを始めるぞー」
「はいはい! 寮長! 俺たち行きまーす」
「いや、待てって!」
勢いに流されるまま、俺たちはルームメイトとなった。
「あー、楽しかったー。雄一は音ゲー得意だったなんて知らなかったよ」
「まぁ、音楽はいくらでも聞いているし……」
ゲームセンターの休憩所で俺と一郎太は寛いでいた。
周りはガチャガチャとうるさかったが、休憩所に入るなりその音がカットされたことでしーんとした音が聞こえた。
「まさかレベル48ができるとは思わなかったよ。雄一天才でしょ?」
「天才なら初見の曲でも八割打てる人のことを言うさ。俺は何回も何十回もその動画を見たから出来るだけであって……」
一郎太の言葉は嘘のように聞こえなかった。
多分純粋にゲームができる人に対しての敬意だろう。
だから俺も俺で心なしが心地よかった。
こうやってすげぇとか尊敬しますって言われると人間だれしも気持ちがいいわけで、俺もその人間の一人だ。
そして、体育会系なのになんで音ゲーなの? と思うだろうが、実は学校帰りに遊んでいたからだ。たまには息抜きも必要である。
「私も上手になりたいなぁ」
「お前はもうちょっと体力つけたらいいと思う……」
「体力ない方が庇護したいなって思うでしょ?」
「……」
まぁ、そう言われたらそうかもしれない。
か弱い女性がいたら守りたくなるというのは男の本能であって……。
「いやいやいや、こいつ男だから……!」
「……雄一?」
女装した一郎太が俺の顔を覗き込んでくる。その可愛さに心臓が高鳴った俺は思わず立ち上がった。
「の、飲み物買ってくる! コーラでいいか? いいよな! コーラ買ってくるから!」
そう言って俺はその場を離れた。
後ろでクスクスと笑う声が聞こえたのは無視をした。
近くにあった自販機に辿り着くと俺は自販機に頭をつけた。
「あいつに振り回されるの大変だ……」
思わず呟いた。一郎太と共同生活をしていてたまに思うことだから仕方ないことだと思っていたが、こうやって擬似的にデートをしていると気疲れする。
「でも……あいつと一緒にいると、楽しいよな」
実際元カノと一緒にご飯食べていたりいろんな事をしてきたけど面白いとは思わなかった。
付き合うことってこういうものだと、そのうち楽しくなるんだろうと言い聞かせてきた。
でもそのあと楽しくなる前に別れたわけで……。
頭を横にふるった。元カノのことなんか忘れろ。と自分にいう。
「そうだ。コーラコーラ……」
小銭を確認した俺は自販機に投入していく。
そしてコーラのランプがついた為、ボタンに手を伸ばそうとすると、ランプが消えた。
がこんと音がなる。
「……」
「ジュース欲しかったんだー」
俺の脇から横入りしてきたやつがいた。白く、細めの腕が下の取り出し口から出したのはオレンジの炭酸飲料だ。
「西田君。ジュースありがとう」
元彼女がそこにいた。