復讐。
翌日、第二視聴覚室の講義を受けに行くと俺の斜め前の席に彼女が座った。
最初はなにか挨拶をされるだろうと思ってじっと待っていたが、挨拶をするどころか俺がそこにいないかのような扱いをされた。
俺は何を待っていたのだろう。彼女から挨拶されたり昨日のことを謝ったりするのを待っていたのだろうか? そうすれば俺は彼女を許したのだろうか?
いや、ありえない。絶対に。
「やぁ、待った?」
彼女に向かって言ったのは、新しい財布だった。
しかし財布というには綺麗なイケメンだ。ブランドでいうならグッチとかシャネルとかそういうのだろうか。長財布というイメージがする。
「ううん。私も今来たばっかりだよ。席取っておいたよ」
「ありがとう」
財布が彼女の頭を優しく撫でると、彼女は嬉しそうに、くすぐったそうにした。
……なるほど、彼が本命なのね。
と確信するほどの代物だ。まるで俺に見せつけるようにべちゃべちゃと色の違うスライムを混ぜ合わせるようないちゃつきに俺は昨日で収まった嫉妬で火傷しそうだった。
無視をしよう。無視。
それにしても、一郎太のやつ遅いな。同じ講義を受けるって言っていなかったか?
同じ講義を受けるから一緒に行くぞと声をかけたが、少し時間がかかるから後で行くよ。と言っていたのを思い出した。
もしかしたら復讐とか何かでずっと考えていて、寝不足だったのかな。と罪悪感を感じた。
視聴覚室の教壇に講師が立ち上がり、時間を確認し始めていた。
バタン。と扉が開く音が響く。
「すいません。ちょっと寝坊しちゃって……」
「……いや、まだ始まっていないから大丈夫だ」
そこにいたのはモデルのような綺麗な女性だった。
身長も高く、どこからみても外人と思わせるような女性は講師に一度お辞儀をした後俺の元へとやってくる。
俺は半分呆れた顔をしていた。
「あ、ごめん。待った?」
女性特有のキャピキャピした声ではなく、年上の女性のような落ち着いた声だ。
「……いや、全然。席あけておいたけど」
「あらありがとう。気がきくじゃない、雄一」
大人な対応にゾクゾクとした。
勿論完璧な女性がいるわけがない。
隣に座ると、俺にぴったりくっついてきてまるで俺たち付き合っていると言わんばかりのイチャイチャぶりを見せつけてくる。
「ちょ、くっつくなって」
「えー? 今日は映画鑑賞でしょ? それくらいくっついてみなかったら面白くないじゃない」
「そうじゃなくて、暑いから」
「そんなこと言って本当なここに触れるの嫌なだけでしょ?」
俺の腕に当たる柔らかい感触……胸が執拗に当たってきた。
彼女よりあるだろう胸にドキドキする。
それを彼女と男がちらりと見ているのもわかっている。
そして、完璧美人の彼女の顔の中にはどす黒いモノが混じっていることくらいわかっている。
視聴覚室の電気が落ちた時に彼女のいちゃつきから解放された俺は気疲れをしていた。
「おい、みたか。男の顔! 『俺』に視線を持っていったぞ。お前の元彼女じゃなくてさ」
「……根性腐ってんなぁ……一郎太」
「何言ってんだ。この復讐に加担したのは雄一、お前だろ?」
くすくすと悪魔みたいに笑う声。それは先程までの落ち着いた声ではなく、必死に笑いをこらえている一郎太だった。
一郎太の趣味、というか特技が女装である。
昔からの得意だそうで全ては一郎太の中性的な顔立ちの恩恵だと言えるだろう。
思わずため息が出る。
「これで終わりだろ?」
もう俺はこれで十分だと思っていたら、一郎太は首を横に振る。
「まだだ。この後暇だろ? デートしようぜデート」
「はぁ? なんで……」
男とデートとかホモかよ。俺。いや、一郎太お前もホモになるぞ。
「もしここで別れたら、この状況はデマになる。そうなれば雄一。これがあのクソ女への当てつけだと思われてしまうだろう。だから、俺たちは付き合っていてお前のことなんてもう頭にはありませんってところを見せてやればいいんだ」
「……なるほど。俺の保身か……」
「そういうこと。それにー……『私』の秘密も守ってくれていることだしそれのお礼ということで……ね?」
途中で女性みたいな声に変わるのやめて。
後耳元で囁くのもやめて。
講義が終わった後、俺は一郎太と一緒に外に出た。
この後講義も無くずっと暇なので一日中外でブラブラすることにした。
「ほら、雄一遊びに行こう?」
「あ、あぁ」
手を握ったり、女性特有の動きなりなんか一郎太が女性に見えてしまい目を合わせれないでいた。
「なに? どうしたの? 私と遊ぶの……嫌?」
嫌じゃないけど。そこまでくっつかれると男とはいえ……ねぇ?
左腕に巻きつくようにくっついてきた一郎太からは女性の香りがふわりと漂ってくる。
「じゃあゲーセン行こう? 音ゲーとかさ」
「わかった」
「自転車後ろ乗せてね?」
「二人乗りは禁止されてない?」
「すぐ近くじゃない。少しくらいいいわよ」
そんなもんかねぇ。と呟く。
一郎太がちらりと辺りを見た後、耳元で囁いてくる。
「後ろにあいつらいるからね」
「……」
付いてきているという事がわかった俺は気持ちを切り替えた。
一郎太は俺の為に頑張っている。なら俺がなよなよしていたらいけないと思った。
「よし、行くか!」
「うん」
まだ復讐はこれからなんだから。