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第2話 『居候キール』

「おい商人のおっさん、この本いくらだ? 」

「銀貨50枚だ」

「そりゃ高すぎるわ! 相場より高いじゃねえか」

「おぬしには分からんだろうがこの本は読む人が読めばかなりの価値があるんだぞ」

「おいおいおっさん、その手で何人からぼったくって来たんだ? 中身ちょっと見たら普通の奴じゃ読めない文字じゃねえかよ」

「だから読む人が読めばと言っただろう」

「どうせおっさんも何書いてあるか分かってねえんだろ」

「ぐっ・・・・・・」

「そこでだおっさん、俺にこの本を翻訳させてみねえか。そっちは十日間この本を貸してくれるだけでいい。報酬は羊皮紙代も込みで銀貨130枚だ」

「それこそ高すぎるわ! それに色んな国を渡り歩いたいるワシでさえ読めん文字を若造のお前が、しかもそんな短期間で翻訳できるわけないわい! 」

「おっさんこの街は初めてか? 俺がこの辺でなんと呼ばれてるか知らずに言ってるだろ」


「あっ、キールお母さんたちがいないからってこんなところで何サボってるのよ! 店番はどうしたのよ店番は! 」

「これも仕事の一つだユナ。まだ子供のお前には分かるまい」

「去年には成人したし私はもうすぐ16歳よ!」


「おいコルベット家の居候何やっとんじゃ! なんか買う余裕があるならこの前貸したお金をはよ返さんかい! 」

「次から次へとなんだよ今日は。おいせかすなよジジイ! ちょうどいい仕事が入ったから十日後に利子も付けて払ってやるよ。じゃっおっさん、十日後のこの時間、この場所で」

「おい小僧、まだ話はついてないぞ。あっ逃げやがった。くそっ、この本泥棒が〜!! 」


 あれから五年、気付けば23歳になっていた。俺は生まれた国も通り過ぎて南下し続け、ここ魔術国家エイベルンにたどり着き、宿屋でアルバイトをしている。


 俺は他には何も持っていなかったがただ一つ、召喚術という一点においては天才だった。それにより俺はあのパーティーにいれたのだ。


 召喚術には魔法陣を用いるがそもそも魔法陣は現代では使われなくなった古代の魔術の媒介である。

 かつては地面や石に直接魔法陣を刻みそこに魔力を送り込むことで魔術を発動していた。それぞれの魔術を発動する陣の紋様もそれぞれ異なった。

 次第にそれが持ち運んだりと汎用性を高めるためにペンで道具に魔法陣を描くようになった。

 その後全ての魔術に使える簡易魔法陣が考え出されたがそれだけでは不十分で、補助するために魔術の詠唱が行われるようになっ

 た。

 そしてそのことが魔術用の杖という道具を生み出した。杖は魔法陣を描く道具の中でも魔術を使うのに最適だとされた。

 そうなると次は道具面ではなく詠唱の方が改良されるようになり、精錬された結果杖を用いず詠唱だけで魔術が使えるようになった。しかし一般人には杖を使った方が魔術を使いやすく、また杖の形を変えれば武器になることから多くの人はまだ使っている。

 また魔術の発展とは無関係にどの時代にも道具も使わなければ詠唱も使わない、無詠唱で魔術を行使する天才もいた。だがそれは感覚的なものらしく、どうして出来るのかは解明されていない。


 当然俺の「天才」とはそのことを意味するのではない。だが一方で、単純に魔法陣の天才というわけでもない。俺の才能とは言ってしまえばパズルに関してである。


 そもそも魔法陣は杖に刻む簡易魔法陣以外は使われなくなって久しく、記録がほとんど残っていない。また残っていたとしても書かれている文字自体が誰にも読めない。内容・文字ともに意味不明だからどちらかを基準にしてもう一方を解読することは出来なかった。

 だが俺にはそれが出来た。


 もともと俺は言葉を話し出すのがとんでもなく早く、親を驚かせ、周りは俺を天才ともてはやした。さらに勉学でもはじめは他を圧倒していたが、一定の境界から先へは進めなかった。そんな俺に対して次第に周りの熱は冷めていった。なんのことは無い、俺は要領がよかっただけなのだと。

 所詮は田舎民の戯れ言、井の中の蛙だったが、周りから言われ続けていたこともあり、俺自身も自分を天才だと信じていた。だから一度俺は腐ってしまった。どうしようもない怒りは周りにも向けられた。持ち上げるだけ持ち上げた周りの連中を嫌った。だがそれ以上に何も出来ない自分が一番嫌いだった。

 最初周りを見下していた分、俺に才能がないとみるや大人や友達だちは離れていった。それでもその中のただ一人だけは友達のままでいてくれた。それがエドワードだった。


 同い年で、同じ村で育った。人並み外れて体が大きかったエドは怪力を活かした破壊力で剣士のホープとして名を上げた。近隣の村だけにとどまらず、近くの交易都市で行われた剣術大会でも優勝するほどだった。エドもまた周囲から天才と言われた。

 エドだけは俺から離れていかなかったが、それは分野は違えど天才と呼ばれる苦悩を俺が理解出来るからか、はたまた自分の成れの果てになるかもしれない俺に同情しているんだと思っていた。

 だが接するうちに、それは違うのだと分かった。とにかくエドは優しかったのだ。

 俺はこいつと一生友達でいたいと思った。

 だが15歳になれば大抵の腕に自信のある奴は冒険者になっちまうし、エドはよく俺に語っていた。仲間と背を預け合い、時にはともに笑い、時にはともに泣く、そんな冒険をしたいのだと。

 だから置いていかれたくなかった俺は剣術でもなんでもいいから冒険者として出来ることを探した。どちらかといえばひょろかった俺に剣術は向いていなかったが魔力量は結構自慢出来るものがあり、魔術士になろうとした。

 だけどエドは剣士の中でも頭一つ抜けていたからこれだけじゃ足りないと思い、何か他にもないかと探していた。そしてある日交易都市に出かけた俺は、謎の魔法陣ばかりが描かれた一冊の古い本を見つけた。店主に聞いたら古い文字だから誰も読めず紙くず同然だと言われた。子供だった俺はなんか紋様カッケー、これ使えば強くなれそう! というなんの根拠もない理由でなけなしの全貯金をはたき、古本とはいえ高級品である本を買った。

 当然それだけでは読めるはずもなかった。

 だが俺は天才だった。

 思えば誰よりも早く言葉が喋れたのもこの才能のためだった。

 読むというよりも全く意味のわからない絵を目で追うだけといったことを何回も繰り返した。すると次第に文法というかパターンのようなものを見つけた。俺はそれを基準にパズルのピースを一つ一つはめていくみたいにしていった。もはや途中からは遊び感覚ですらあった。

 その本は時代の中で消失した魔法陣に関する本だった。

 だが俺が語学の天才であったらそれ以上先には進めなかった。でもあくまで俺はパズルの天才だった。

 その魔法陣に関する本を書いた著者も俺よりも古い人間だというだけで、魔法陣が使われていた時代よりもあとの人間だった。本に書かれていた内容は俺よりも昔の人間な分だけ魔法陣に関する資料が残っていたことが幸いし、それらをまとめることが出来たが結局それだけで、あとは申し訳程度の考察が書いてあるに過ぎなかった。

 ここで俺の才能がまた発揮された。

 魔法陣をもパズル感覚で解読したのだ。

 魔法陣には失われた有益な点が二つあった。一つは魔法陣の紋様を調整することにより時間差で魔術を発動できる点である。これはトラップなどに使える。

 もう一つは魔獣が召喚出来るという点だ。これは通常の魔術と違い生き物のような意思を与えることが出来、さらに発動する時にだけ魔力を使うから一定量の攻撃を受けなければいつまでも消えないというものだった。

 俺はこれに現代魔術による応用を加え、魔法陣を魔術で瞬時に描けるようにした。


 俺は今度は親に泣きつき高価である羊皮紙を買ってもらい、その本の翻訳と自分なりの考察を書いた。

 売れば莫大な利益が得られただろうに、エドと一緒に冒険をしたい一心だった俺は誰にも仕組みを教えず、自分だけのものとした。冒険者としては、俺を特別たらしめるのは語学の解読力でも何でもなく、この二冊の本だけだった。

 恐らく知識さえあれば誰にでも出来ることだろうし、そうなれば俺は一介の冒険者に過ぎなかったはずだ。当然あいつらと一緒のパーティで、数年とはいえともに冒険することも出来なかっただろう。




 俺はエイベルンの王都に着くや、骨董品を扱い、酒場や宿屋も経営する親切な夫妻のもとで住みこみで働いていた。骨董品店の方は夫婦の趣味が高じたもので、いい品を探すために長く店を開けることものも多かったからだ。

 賃金は高くはなかったがその分宿泊代や一定の食費をただにしてくれた。

 昼間には骨董品店の店番や宿屋の掃除を行い、夜には酒場にくり出して行った。

 わずかなアルバイト代だけでは日銭を稼ぐのがやっとで娼館にも行けないので、俺は副業をやっていた。

 そう、翻訳の仕事を。


 夫妻との出会いもそれがきっかけだった。ろくな金も持たずにふらっと立ち寄った街のふらっと立ち寄った店が夫妻のやっていた骨董品店だった。

 俺は何気なくある本を手に取った。

 旦那は俺があまりにも長く立ち読みするから冷やかしなら帰れと本を奪い取った。しかしその本は誰も読めずにいた本、くしくも昔と同じ状況だった。

 不思議がる旦那に俺は


「くそっ、やっと分かり始めてたのに」


 と悪態をつき店を出ようとした。それを聞き驚いた旦那が面白半分でもあっただろうが


「おい、一日銀貨2枚払うから翻訳してみないか? 宿も貸してやる」


 と言った。金が底をついていた俺はそれが最低賃金の半分だったのにも関わらず飛びついた。


 魔法陣の解読に比べれば簡単で、翻訳本を書くのに一週間かかったが、半分は写本による時間だった。

 さらにその内容は古代語ではなく暗号で書かれたある他国の情報に関するとても貴重なもので、その本はエイベルンの王室が大金で買ってくれた。

 喜んだ旦那は俺に利益の半分を与え、さらにここで働かないかと言ってくれた。

 長旅が続き疲れていた俺は一度腰を落ち着けるかと思い、お世話になることにした。

 大きな挫折を味わい十代にしてなんだか人生がどうでもよくなっていた俺は、それからずるずる居候し続けた。そしてその大金を使い果たすと今度は謎の書を見つけてきて翻訳して金を稼ぐ、またぐうたらして金を使い果たす、その繰り返しだった。もちろん本にも当たり外れがある。どこの誰かも分からないやつのポエムだった日には、きしょく悪すぎて途中で投げ出しそうになった。だから良い本が見つからなかったとしても、遠くから来た商人の通訳まがいの仕事などをして日々を過ごした。


 あの二冊の本を売れば一生遊んで暮らせることも可能かもしれないが、そんな気分にはなれなかった。冒険者のことは半ば諦めていたが、それでも自分だけのものにしていたかった。

 



「ふんふんふん、なるほどなるほど。あちゃー、これは昔の人の日記だなあ。これじゃ銀貨130枚は貰えないかも。そうだ、この前の本と中身を変えちまおう。どうせあのおっさんには分かるま」


 バシっ!

 後ろから頭を思いっきり殴られた。


「ちょっとキール全部聞こえてるわよ! そんなことやったらうちの評判が下がるじゃない! それに他の本にもちゃんとそう書いてあったんでしょうね! 誰も分からないからって捏造してるんじゃないの! 」

「うるせえな、翻訳の仕事とこの店とは関係ないだろ」

「大ありよ、三年半も居座るからアンタがうちの跡継ぎみたいに周りから思われてるのよ!」

「へー知らんかった。そうなると奥さんはお前ってことになるのか」

「そんなわけないでしょ!」

「けっ、そこで顔でも赤らめてればツンデレ認定してやんのによ」

「どこに周りから娼館士と呼ばれてる男と結婚したい人間がいるのよ! 」


 そう、俺がこの街でなんと呼ばれてるかというと、コルベットさんちの居候、または娼館士キールである。

 前者は言わずもがなだが、召喚士であることを誰にも言っていないにも関わらず後者のようなあだ名が付いたのは全くの偶然と言っていい。娼館ばかり言ってるのは本当だが。


 ちなみにこいつはさっきもいたユナ=コルベット。ご夫妻の16歳の一人娘であり酒場の看板娘。

 そして俺が今例の本を読みながら店番している骨董品店は酒場の脇、同じ空間に併設されていた。


「おいおいお二人さん、今日もお熱いね! 」

「旦那たちが出かけているからって盛り上がり過ぎだよ! 痴話喧嘩ならよそでやってくれよ! 」


 まだ夕方にも関わらずもうできあがってるおっさんたちもいた。


「センキューセンキュー。 俺のことは若旦那と呼んでくれ! 」

「何言ってのよただの居候が! 」

「うるせえな、誰のおかけで去年までの三年間王立学校に通えたと思ってるんだよ」

「その恩はもう十分に払えてるでしょ。あれですぐにうちを出ていけば恩人で済んだのに、もうマイナスになって厄介者よ」

「わざわざ王立学校を出たのに二ヶ月もの間こんなところで油を売ってるお前に言われたくないわ」

「それはしょうがないでしょ、私が卒業すると同時にお父さんたちが旅行に出かけちゃったんだから!」

「そんなこと言って、実は大金はたいてせっかく娘を王立学校に通わせたのに成績が過ぎてショックで現実逃避しちまったんじないのか」

「やかましい、そんなわけあるか! 私はこれでも相当優秀だったのよ」

「あたっ」


 再び俺の頭をはたくと少女は去っていった。


 エイベルンは魔術国家と言うだけあって魔術の最先端を行く国である。当然その国の王立学校ともなれば魔術に関する教育も他国を圧倒している。そこに通うだけで魔術士としてに箔がつき、冒険者としても引っ張りだことなる。

 だが才能だけでそこに通えるわけではない。国内だけでなく他国の貴族の子息などもそのステータス求めて入学してくるので一般人には門戸は狭いのだ。

 だが入学試験の直前、俺の翻訳により大金を稼ぐことの出来た夫妻はその大半をつぎ込んで娘を王立学校に入学されたのだ。

 つまり俺のおかげと言える。

 その恩人たる俺が、小娘に足蹴にされてるのである。雇われの身は大変だよ。


 ご夫妻はこれまでも片方が店を空けることは結構あったが、両方ともいなくなるのは今回が初めてのことだ。おかげでこっちは随分大忙しだ。大方割を食ってるのはユナの方だが。それにしても三年半で大分信頼されたもんだな。あまり何かやった覚えはない。基本ダラダラするか娼館に行っていただけだ。

 だが俺は成り行きでこうなった生活が結構気に入っていた。ここには優しい夫妻やユナ、客のおっさんたちなどがいて飽きないし、何より毎日が楽しかった。もはやあの殺伐とした死と隣合せの生活に戻りたいとは思わない。この街で永遠にダラダラと毎日を過ごすのもいいかもしれない。



「ちょっとキール、こっち来なさい! 」

「なんだよユナこっちは店番してるんだ、サボったら怒るくせによ」

「いいから早く来なさいって!」

「安月給のくせに人使いが荒い奴だな」


 俺は文句を言いつつ声のした宿屋の方の入口に向かう。


 そこにはきらびやかな服装をした男とそいつを囲むように立つ銀の甲冑に身を包んだ騎士たち、そして青ざめた顔のユナがいた。


「おいおいユナ、こいつはお前の同級生・・・ってわけではないようだな」


 ちょっとふざけてみたらユナではなく騎士の男たちに睨まれた。

 ユナは何も言葉が出ないようである。

 それを見て俺もなんだか緊張してきた。


「どちら様でしょうか」


 とりあえずへつらうようにそう質問する。それに対し白髪の老人はこう返す。


「ほっほっほ、この国、しかも王都に住んでいてワシを知らない者がいようとはな。初めまして、私はこの国で昔宰相を務めていたザルガスというものじゃ。まあ今は重犯罪人を取り締まる牢番の長をしているがな」


「へ?」



 その時ユナは思った。遂に居候が詐欺罪か淫行罪で捕まったのだと。

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