表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

歌声の主

「……お姉ちゃんの器用さって、お母さん譲りだったんだね」

「私が器用なのかどうかは知らないが……麻子あさこさんは器用なんて言葉では表現しきれないくらい、あらゆる技術に長けていた。……昔の私は、そんな麻子あさこさんを見て育ってきた。……できることなら……もう一度、あんな姿を見てみたい」

「………………」

「……こんな物がある」


 お姉ちゃんは、事務机の引き出しの中からビデオカメラとビデオテープを取り出して、ローテーブルの上にコトンと置いた。


「……これって」

「……引っ越しのときの段ボール箱の中から見つけたんだ。……智恵ちえのおかげで前に進むことができずにいたら…………これはずっと、眠ったままだっただろうな」


 そう言うと、お姉ちゃんはビデオテープをカメラにセットしてビデオを再生した。


 そこに映っていたのは、優しい顔のお母さんと、赤ちゃん。


「……撮影しているのは昔の私。麻子あさこさんに抱かれているのはお前だ」




『ん? ゆう、何やってんだ?』

『えへへ~。これ、「びでおかめら」っていうんでしょ? 私も使ってみたい!』

『ったく。……今、ふうを寝かしつけてんだから、静かにしろよ?』

『うん!』

『だから静かにしろって』

『ごめんなさい…………』

『怒ってねぇよ。しょげんな』


 そう言うお母さんは、笑っていた。


『〜♪ 〜♪』


 するとお母さんはまた優しい顔に戻って、わたしに向かって鼻歌を歌い始めた。


 子守歌、だと思う。


 小さいわたしはぐっすりと眠りに落ちている。ビデオカメラ越しだけれど、すごく、心地が良い。


 ビデオカメラの画面はゆっくりとフローリングを映し出し、そこで映像は終わった。




「……今のが、昔のお母さん」

「ああ」

「……なんか、わたしの知ってるお母さんと違う」

「……もう、二度と見られない。私達が…………あの麻子あさこさんを壊してしまったんだ」


 ……お姉ちゃんに初めて怒りと憎しみを覚えたあの日のことも、お姉ちゃんに折り鶴を潰されたことも、わたしはしっかりと覚えている。覚えているのに…………ビデオカメラに映っていたようなお母さんの姿は、全然覚えていない。わたしが知っているのは……。


 苦しんでいるお母さんと、拒んでいるお母さんだけ。


 ……わたしは、墨子すみこのおかげで、自分を見つめ直すきっかけを掴めた。


 ……お姉ちゃんは、江川智恵えがわちえのおかげで、前に進むための光を見つけた。


 …………お母さんの隣には、『誰が』いるのだろうか。


 墨子すみこの歌は、わたしに届いた。


 お母さんの歌は、また、誰かに届くのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ