歌声の主
「……お姉ちゃんの器用さって、お母さん譲りだったんだね」
「私が器用なのかどうかは知らないが……麻子さんは器用なんて言葉では表現しきれないくらい、あらゆる技術に長けていた。……昔の私は、そんな麻子さんを見て育ってきた。……できることなら……もう一度、あんな姿を見てみたい」
「………………」
「……こんな物がある」
お姉ちゃんは、事務机の引き出しの中からビデオカメラとビデオテープを取り出して、ローテーブルの上にコトンと置いた。
「……これって」
「……引っ越しのときの段ボール箱の中から見つけたんだ。……智恵のおかげで前に進むことができずにいたら…………これはずっと、眠ったままだっただろうな」
そう言うと、お姉ちゃんはビデオテープをカメラにセットしてビデオを再生した。
そこに映っていたのは、優しい顔のお母さんと、赤ちゃん。
「……撮影しているのは昔の私。麻子さんに抱かれているのはお前だ」
『ん? 邑、何やってんだ?』
『えへへ~。これ、「びでおかめら」っていうんでしょ? 私も使ってみたい!』
『ったく。……今、楓を寝かしつけてんだから、静かにしろよ?』
『うん!』
『だから静かにしろって』
『ごめんなさい…………』
『怒ってねぇよ。しょげんな』
そう言うお母さんは、笑っていた。
『〜♪ 〜♪』
するとお母さんはまた優しい顔に戻って、わたしに向かって鼻歌を歌い始めた。
子守歌、だと思う。
小さいわたしはぐっすりと眠りに落ちている。ビデオカメラ越しだけれど、すごく、心地が良い。
ビデオカメラの画面はゆっくりとフローリングを映し出し、そこで映像は終わった。
「……今のが、昔のお母さん」
「ああ」
「……なんか、わたしの知ってるお母さんと違う」
「……もう、二度と見られない。私達が…………あの麻子さんを壊してしまったんだ」
……お姉ちゃんに初めて怒りと憎しみを覚えたあの日のことも、お姉ちゃんに折り鶴を潰されたことも、わたしはしっかりと覚えている。覚えているのに…………ビデオカメラに映っていたようなお母さんの姿は、全然覚えていない。わたしが知っているのは……。
苦しんでいるお母さんと、拒んでいるお母さんだけ。
……わたしは、墨子のおかげで、自分を見つめ直すきっかけを掴めた。
……お姉ちゃんは、江川智恵のおかげで、前に進むための光を見つけた。
…………お母さんの隣には、『誰が』いるのだろうか。
墨子の歌は、わたしに届いた。
お母さんの歌は、また、誰かに届くのだろうか。