深淵の自分
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暗い。
暗い、道を……わたしは歩いている。
道?
道……じゃない。
廊下、廊下だ。真っ暗な、どこかの廊下。フローリングの、廊下。
窓があった。
見てみた。
昔のわたしと、お姉ちゃんがいた。
あのときの……初めて喧嘩したときの、わたし達。わたしが初めてお姉ちゃんに刃物を向けた、あのときの風景。
血なのか、ぶどうのジュースなのか。赤黒い液体が、わたし達の肌や服に飛び散っている。
ほどなくして、お姉ちゃんが勝った。わたしは赤黒い水溜まりに倒れこんで、お姉ちゃんは少しずつ透明になって、消えた。
……取り残されたわたしが、ゆっくりと起き上がった。
『……どうして』
わたしが、呟いた。
『どうして、お姉ちゃんなんかを許したの』
わたしが、聞いてきた。そしてガラスのコップの破片を握って、近づいてくる。
我ながら、恐ろしいカオをしている。
『…………うあぁぁぁぁっ!』
窓を割って、襲いかかってきた。
汚れたわたしが破片を突き刺そうとしてきたところを……わたしは、スカートのポケットに入れていたバターナイフで防いだ。破片はバターナイフに当たって粉々に砕け、汚れたわたしは動きを止めた。
『……どうしてお姉ちゃんなんかを許したの! わたしから、わたしから全てを奪おうとした張本人なのに!』
汚れたわたしが、掴みかかってきた。
「……別にわたしは、お姉ちゃんを完全に許したわけじゃない」
『なら、どうして!』
「許したわけじゃないけれど、わたしは……わたしは、お姉ちゃんとも、お姉ちゃんを許せないわたし自身と向き合っていきたい」
『……え?』
「……今まで、わたしはお姉ちゃんを避けてきた。忌み嫌ってきた。どうして、お姉ちゃんばかり、わたしばかり……って。……けれど、これからは違う。違う接し方をしていく」
『………………』
「……わたしは、運命と戦う。たとえ、自分自身を滅ぼそうとする運命であっても」
『……そんなこと、今さらできるの?』
「……きっと、できる。お姉ちゃんには江川智恵がいて、そして……わたしには、墨子がいるから。……大切な人が、お互いにいるから。……だから、もう傷つけ合わないように、傷つけようとしないように、できる。そう、思えるようになった」
『…………わかった。……でも……気をつけて』
「……?」
『あなたがわたしを……過去の自分をのぞき込むとき、わたしもまた……あなたをのぞき込んでいるから。…………せめて、過去の自分に乗っ取られないようにね』
「…………気をつける」
わたしがそう告げると、遠くの方から鼻歌が聞こえてきた。よく聞き慣れた、心地のよい鼻歌が。
「……もう、いかなきゃ」
◆
「~♪」
ゆっくりと目を開けると、わたしの上には墨子の顔があった。目覚めたばかりで寝ぼけたわたしの瞳には、一度も見たことがないはずの「お母さんの優しい表情」のようなものが映った。
「~♪ ……あ、楓ちゃん起きた?」
「……ん」
「……膝枕、してくれていたの…………?」
「うん。楓ちゃん、なんだか今日はうとうとしていたみたいだから」
「……ありがとう」
「……じゃあ、もうお昼休みも終わるし、そろそろ教室に戻ろうか」
「……うん」
わたしは、未来へと歩を進めた。
……墨子と、一緒に。