袋小路
これ以上問題を起こすんじゃないって、まるで私のほうが問題を起こしたみたいだ。奇麗で優等生の瑞穂がそんなことをやるはずがないと、頭から思い込んでしまっているんだろうか。
しかし、中村先生はこうも言っていた。利口になれと。これは何を言おうとしているのだろうか。何か裏が……?
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、階段を上がる人影が、ちらっと見えた。長い髪に、白衣。黒いスラックス。
さっきの女教師だ。
とっさに、さっき担任から発せられた一言を思い出す。
誰か証人でもいるのか、と。
思わず駆け出す。
階段の下まで着いたが、すでに姿はなく、上のほうから靴音が響く。急いで踊り場まで駆け上がる。それでも姿は見えない。二階に上がる。さらに上のほうから、靴音だけが響く。
三階手前の踊り場から急いで見上げると、例の立ち入り禁止になっている廊下の方向に歩いている。
「先生――」
と呼びかけたが、反応はない。
三階までたどり着いたが、すでに女教師の姿は、廊下の暗がりの中に忽然と消えてしまっていた。
いったい誰なんだろう、あの人は――。
この先には、屋上に通じる階段室と物置と、その他使われていない部屋しかないはずである。教職員以外は立ち入り禁止となっているが、あの女教師専用の部屋か何かがあるのだろうか。
行って調べてみよう。
しかし、コーンの脇をする抜け、一歩足を侵入しかけたところで、危うく踏みとどまった。心臓がどきどきしている。
美月は不意に、あの学校伝説を思い出したのだった。
学校には袋小路がある。そこに迷い込んでしまい、二度と出られなくなってしまった生徒がいるという――。
彼女が聞いた話はそれだけだったが、急に何とも言えない恐ろしさに襲われた。動悸はますます高鳴るばかりである。
今日はやめておいたほうがいいだろう。しかし、いつかはあの女教師の正体を確かめなければいけないと、美月は思った。
母と二人で暮らす2DKの狭いアパートに帰りつく。ドアを開けた途端、美月の心はどんよりと重くなった。
朝食の支度と後片付け、それに洗濯は母の分担である。
今日も、よほど慌ただしく出かけたのであろう。汚れたままの食器が、シンクで水に漬けられたままである。よくあることだ。今まで何度、代わりに洗ってあげたことだろう。
リュックをどさりと床に投げ出すと、テーブルの椅子に座り込んだ。
どうしようか。今日はこのままにして、お母さんにやってもらおうか。お母さんも仕事で疲れているだろうけど、私だって勉強があるんだから。それに中間テストも近い。
しかし、このままでは夕食の支度ができない。今日は近所のスーパーにでも出かけて、総菜で済ませようか。
中間テストが近いんだから、いいよね。
だったら、部屋の片付けも適当に、いや、もうやらなくっていいや。
そうやって、際限がなくなる。一つ何処かで手を抜いたり、おろそかにしたりすると、ますます秩序が乱れ、最後は収拾がつかなくなる。
美月は一つ溜息をついて立ち上がると、シンクの片付けを始めた。