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失望

 しばらく考えあぐねた末、次のとおり理由をあげた。


 本当は来週がトイレ当番のはずだったが、瑞穂が1日だけ都合の悪い日があり、彼女の一存で今日と変えてもらったということ。

 しかし、中間テストが近いからという理由で、自分一人だけに押し付けようとしたこと。


「断ったら、突き飛ばされたり、洗面台に叩きつけられたり、頭から水をかけられたりしました。その挙句に、一人でちゃんとやらなかったら、どんな仕打ちに遭うか分からないと脅かされ、仕方なく……」


 多少、事実と事実との前後関係が正確ではないかもしれないけれども、自分が暴行を受けたという事実の核心部分についてだけは、決して嘘を言っていないはずである。

 瑞穂が、あんないけ好かない奴といい関係だからって、私にはどうでもいいことだ。


 しかし、担任から次に発せられた言葉は、信じられないものであった。

「それで怪我はさせられたのか?」


 怪我? 確かに、田中容子から洗面台に叩きつけられた時に、いやというほど腰骨を打った。医者に行けば、全治一週間ぐらいの診断書は出るかもしれない。

 それで警察沙汰にでもするというのだろうか。


 しかし、私の望みはそんなことではない。

 私たちは受験生だ。今が一番大事なんだ。こんなつまらないことで、大切な時間を浪費したくない。そのためにも先生に間に入ってもらって、うまく話をまとめてほしかっただけなのに。


 たとえ、うまく話がまとまったとしても、もう私たちの友情は修復できないだろう。しかし、初めから友情なんて存在していたのだろうか。ああ、でも、いまさらそんなことも私にはどうでもいいことだ。


 すると、担任は言った。

「お前、小細工をしたな」

「えっ……?」

「お前のその髪だよ」


 思わずハッとして、相手を見つめる。


「片山たちが、かれこれもう三十分ほど前に連れ立って帰っているのを、俺は職員室の窓から見ているんだ。お前はそれからたっぷり三十分もかけて、トイレの掃除をきっちりやり終えた。それは認めるとしよう」


 見破られている。確かに、つまらない小細工を弄したものだ。愚かだった。しかし、ここで取り乱したりしてはいけない。担任が何を言おうとするのか、しっかり見極めなければ……。


「仮に、頭から水をかけられたというのを信じるとしよう。それでお前は、頭からポタポタと水が滴り落ちるのを拭き取りもせずに、ひたすら三十分の間、黙々と掃除をし続けたというわけだ。人から見て不自然だと思われないだろうか?」


 美月は向きになって反駁した。

「しかし、事実です。私はトイレの床に押し倒されました。洗面台に叩きつけられ、頭からジャブジャブ水をかけられました。そのうえ、汚い雑巾で頭や顔を滅茶苦茶に拭かれたんです」

 本当に涙が出そうになる。


「証拠はあるのか? それとも、誰か証人でもいるのか」

「それは、ありません。でも……」


 うなだれる美月に、中村は傲然と言い放つ。

「いいか、庄野。世の中は、やたら真っすぐ突き進めばいいってものじゃないし、お前みたいに小細工を弄すればいいってものでもない。もっと利口になれ」


 きっと顔を上げ、言い返す。

「利口になれって? じゃあ、どうすれば良かったんですか」

「分からないのか? お前は受験生だろう。今が一番大事な時期じゃないか」


 さっき、自分が考えたとおりのことを言っている。そんなことは、今さら先生から言われなくても、分かりきったことだ。だからこそ、相談にきたのに……。


「いいか、庄野。本当なら、3年生でよその高校からうちの特別クラスに編入させるなんて、異例のことなんだぞ。それを許したのは、それだけお前に期待したからなんだ。だから、これ以上問題を起こすんじゃない。分かったら、もう行け」

 

 この教師に、これ以上何を訴えても無駄だろう。

 美月は、黙って頭を下げると校長室を後にした。

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