白い魔女
トイレのドアを開けたら、『掃除中』と書かれたコーンに当たった。片付けようとした時に、ふと人の気配を感じた。
見ると、屋上に通じる階段室のドアに、一人の人間が寄りかかっている。
白衣の女だ。
長い黒髪にきりっとした目つき。白衣の下から、黒いスラックスに包まれた脚がすらりと伸びている。一方は軽く曲げ、パンプスの踵をドアに預けていた。
心持ち顎を上げ、まるで挑発するかのようにこちらを見ている。
組んだ両腕の間には、何かを抱えていた。
どうやらT型定規のようである。
数学の教師のようにも見えるが、今まで会ったことはない。私が転校して間もないからなんだろうか? しかし、今でもこんなものを授業で使ったりする教師がいるとは――。
向こうは決して目をそらさない。
「トイレ掃除、終わりました」
美月は少したじろぎながら、とりあえずそう言ってみるしかなかった。
それでも相手は何も言わない。ただじっと、こちらを見つめているだけである。
「失礼します」
狼狽しながらコーンを中に取り込み、スロップシンクのそばに置いた。
もう一度トイレから出ると、女教師の姿はすでにない。
いったい何だっていうの、あの人は。
ひょっとして、さっきの騒ぎを聞いていたんじゃないだろうか。でも、教師なら放っとくはずがない。それとも、事なかれ主義者?
まあいいや。私が相談すべきは、担任なんだから。
彼女はそう思い直すと、教室に荷物を取りにいったん戻った。
一階の職員室に行こうと、階段を降りかけ、待てよ、と立ち止まる。
それから、再びトイレの中に戻った。洗面台の前に立つと、髪の毛をもう一度濡らし、わざとくちゃくちゃにする。念を入れて制服の前も濡らす。
職員室に入ると、担任の中村栄一の机まで真っすぐ進んだ。
「ん? どうした、庄野」
中村が不審そうに顔を上げた。
「片山さんたちに、やられました」
顔を引きつらせながら、一言答えた。髪の毛の先からは、しずくがぽたぽたと落ちている。
我ながら迫真の演技だ。私は決して、あんな人たちに泣かされるような、やわじゃないが、ここで涙の一つでも流して見せようか。
彼女がそう考えていると、中村は少し周囲を気にするようなそぶりをしている。
「おい、庄野。ちょっと来い」
背中を押されるようにして、校長室に連れていかれる。校長はちょうど不在のようだった。
応接用のソファに座らされると、すぐに言われた。
「さっきは何と言った? もう一度言ってみろ」
まるで叱っているような口振りである。
トイレの中での一件を伝えると、さらに不機嫌そうに尋ねてくる。
「で、理由は何と?」
「えっ、理由ですか?」
「そうだ。理由もなく、そんなことをするはずがないだろう」
美月は少し躊躇した。
片山瑞穂と香山舜が許嫁の関係にあること。それを知らなかった自分が、今朝たまたま通り合わせた舜の車に乗せてもらい、一緒に登校した。そのために、瑞穂の怒りを買ってしまった。
そんなことを、ここでそのまま言ってしまっていいものだろうか。
彼女には判断がつかなかった。