後悔先に立たず
この人は、いつもこんな態度で人に接してきたのだろうか。人はそれをなぜ許してきたのだろう――。
雨に濡れる新緑の景色を眺めながら、美月はそんなことをぼんやりと考えていたのだった。
「あなた、お父様は何をしてらっしゃるの?」
一番聞かれたくないことを、ずばりと切り込んでくる。
まさか母と離婚したばかりで、今は別に暮らしているとも言えない。
「ええ、あの……。ただのサラリーマンです」
「こちらには、転勤で?」
なかなか追及の手を緩めない。
「いえ、あの……。父は東京で一人暮らしをしています」
「まあ――」
舜の母親はそう一言、声を発すると、一瞬黙り込んだ。これ以上いろいろ聞くのはまずいと、さすがに気付いたのであろう。
「今日は生け花の発表会がありましてね。朝からもう、準備やら支度やらで、てんてこ舞いなの」
と、急に話題を変えてくる。
「母は、生け花の先生をやってるんだ」
舜が話を合わせる。
「華道の師範と言いなさい」
いちいち鼻につく。
母親のことが気に入らないだけなのに、不思議なことに、その息子までもが厭になってきた。何だか自慢げにさえ見える。
当人には申し訳ないが、あれほど輝いていた存在が、すっかり色あせてしまったような感じがした。
やがて、校舎が見えてきた。たくさんの生徒たちが、道路の脇を歩いて登校している。
迂闊にもその時になって初めて、しまった、と美月は思ったのだった。
降りる時に見られたらどうしよう。やはり、野暮だなんて言われても、きっぱりと断るべきだった。
しかし、もうあとの祭りである。
車は、校舎の少し手前にあるスペースで停まった。
すれ違う生徒の中には、ちらちらとこちらを見る者がある。舜の車だと知っている者もいるのかもしれない。いたたまれないような気持だった。
運転手の土井が、まず後部座席のドアを開ける。
「じゃあ、頑張って勉強するのよ」
と母親が息子に声をかける。
「今日はどうも有難うございました。あの、発表会の御成功をお祈りします」
美月がそう言うと、彼女は何も言葉を発することもなく、ただ微笑みだけを返してきた。
自分でドアを開けようとしたら、すでに土井が先に開けて待っていた。美月が降りると、登校中の生徒の間で、少しどよめきのようなものが起きた。
「有難うございました」
美月は、運転手にも丁寧に頭を下げる。
車が発進した後も、彼女は頭を下げた。女生徒の何人かが、こちらを見て何かを囁いている。露骨に悪意のようなものを、彼女は感じたのだった。
「何も気にすることはない。さあ、行こうか」
香川舜はそう言うと、美月の肩に軽く触れる。
皆が注視する中を、二人で肩を並べて校門をくぐった。
その日は、終業時まで何事もなく過ぎた。
帰りのホームルームが終わり、帰り支度をしているところに、片山瑞穂がいつものようにやってきた。
「ねえ、ちょっと付き合ってくれる?」と言う。
少し違和感を感じた。