表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/20

後悔先に立たず

 この人は、いつもこんな態度で人に接してきたのだろうか。人はそれをなぜ許してきたのだろう――。

 雨に濡れる新緑の景色を眺めながら、美月はそんなことをぼんやりと考えていたのだった。


「あなた、お父様は何をしてらっしゃるの?」

 一番聞かれたくないことを、ずばりと切り込んでくる。

 まさか母と離婚したばかりで、今は別に暮らしているとも言えない。


「ええ、あの……。ただのサラリーマンです」

「こちらには、転勤で?」

 なかなか追及の手を緩めない。


「いえ、あの……。父は東京で一人暮らしをしています」

「まあ――」

 舜の母親はそう一言、声を発すると、一瞬黙り込んだ。これ以上いろいろ聞くのはまずいと、さすがに気付いたのであろう。


「今日は生け花の発表会がありましてね。朝からもう、準備やら支度やらで、てんてこ舞いなの」

 と、急に話題を変えてくる。


「母は、生け花の先生をやってるんだ」

 舜が話を合わせる。

「華道の師範と言いなさい」

 いちいち鼻につく。


 母親のことが気に入らないだけなのに、不思議なことに、その息子までもが厭になってきた。何だか自慢げにさえ見える。

 当人には申し訳ないが、あれほど輝いていた存在が、すっかり色あせてしまったような感じがした。

 

 やがて、校舎が見えてきた。たくさんの生徒たちが、道路の脇を歩いて登校している。

 迂闊にもその時になって初めて、しまった、と美月は思ったのだった。

 降りる時に見られたらどうしよう。やはり、野暮だなんて言われても、きっぱりと断るべきだった。


 しかし、もうあとの祭りである。

 車は、校舎の少し手前にあるスペースで停まった。

 すれ違う生徒の中には、ちらちらとこちらを見る者がある。舜の車だと知っている者もいるのかもしれない。いたたまれないような気持だった。


 運転手の土井が、まず後部座席のドアを開ける。

「じゃあ、頑張って勉強するのよ」

 と母親が息子に声をかける。


「今日はどうも有難うございました。あの、発表会の御成功をお祈りします」

 美月がそう言うと、彼女は何も言葉を発することもなく、ただ微笑みだけを返してきた。


 自分でドアを開けようとしたら、すでに土井が先に開けて待っていた。美月が降りると、登校中の生徒の間で、少しどよめきのようなものが起きた。

「有難うございました」

 美月は、運転手にも丁寧に頭を下げる。


 車が発進した後も、彼女は頭を下げた。女生徒の何人かが、こちらを見て何かを囁いている。露骨に悪意のようなものを、彼女は感じたのだった。


「何も気にすることはない。さあ、行こうか」

 香川舜はそう言うと、美月の肩に軽く触れる。

 皆が注視する中を、二人で肩を並べて校門をくぐった。



 その日は、終業時まで何事もなく過ぎた。

 帰りのホームルームが終わり、帰り支度をしているところに、片山瑞穂がいつものようにやってきた。


「ねえ、ちょっと付き合ってくれる?」と言う。

 少し違和感を感じた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ