暗雲、垂れ込める
休みの日には、市立図書館でいっしょに勉強した。休憩時には、コンビニでスナック菓子などを買い込み、近くの公園で一緒に食べた。
先生の悪口や好きなタレントの話題などで話が盛り上がり、ベンチから転げ落ちんばかりに笑い転げた。
家で教科書を開きながらも、新しくできた友達の顔を思い浮かべた。
こんなに笑い、こんなに楽しい時間を友達と過ごすのは、いったい何年ぶりだろう。
でも、卒業したらそれぞれの道に進み、別れ別れになってしまう。そんなことを考えただけでも、胸がズキンと痛んだ。
ああ、この生活がずっと続いたらいいのに――。
両親の不和、そして離婚により、この二年間というもの、ずっと嫌な思いをさせられてきた美月であった。今この時ほど素晴らしい、充実した高校生活を過ごしたことはなかったのである。
しかし、そんな彼女の思いは、無残にも裏切られてしまう。それはまるで、地軸を中心に天球が突然ぐるりと回転し、いきなり昼から夜に変わったようなものだった。
ゴールデンウイークも終わったある日のことである。その日は、朝から鬱陶しい雨が降り続いていた、
学校へ行くのに、美月がバス停で待っていると、黒塗りの高級車がスーッと近づいてきて停まる。
後部座席のスモークガラスが開き、中からブレザー姿の少年が顔を覗かせた。
「君、確か庄野美月さんだったよね。良かったら、乗っていかないか?」
と爽やかに言う。
まさに、雲の隙間から晴れ間が覗いたような感じだった。
彼なら知っている。同じクラスの香川舜だ。
転校してきたばかりの美月でもすぐに気付くほど、彼はクラスで目立っていた。初めて見た時、彼女は溜息を洩らさんばかりに思ったものだった。眉目秀麗という言葉は、まさに彼のためにあるようなものではないだろうか――。
それだけではない。
成績もいいうえに、スポーツ万能でもあったから、全校女生徒の間ではスーパーアイドル的な存在だったのである。
そんな彼から声をかけられたものだから、美月の驚きは並大抵のものではなかった。高鳴る胸をどうすることもできなかった。
しかし幾ら何でも、はいそうですかと、ホイホイ乗せてもらう訳にもいかないだろう。
何と言って断ったらいいのか迷っていると、後部座席の奥から中年の女が顔を覗かせた。
「おはよう。舜の母なんだけど」
幾ら年上だとは言え、いきなりタメ口である。素人目にもすぐに分かるような、高価な和装で身を飾り立てている。
「あなた、転入してきたばかりですってね。それに随分、成績も優秀ですって? 遠慮はいらないからお乗りなさい。別に校則で禁じられているわけではないから、心配することもありません。さあ早く」
彼女の言い方には、人に有無を言わせないような力があった。
それでも躊躇していると、運転手が降りてこちら側に回ってきた。助手席側のドアを丁重に開ける。ネームプレートに『土井』とあるのを、美月は何となく覚えていた。
「さあ、これ以上ぐずぐずしているのは、野暮っていうものですよ。あなた東京から来たんでしょう? 田舎者じゃあるまいし」
彼女の物言いに少し棘を感じたが、仕方なく乗せてもらうことにした。
「有難うございます。御好意に甘えさせていただきます」
助手席に座ると、後ろを振り返ってちょこんと頭を下げる。
「いいのよ。さすがに頭はいいだけあって、ものの言い方はちゃんと心得ているのね」
「お母さんこそ、気を付けろよ。そんな言い方は失礼だよ」
舜が口を差し挟んでくる。
「あら、そうかしら。御免なさいね。おほほ……」
やはり気に障る言い方である。