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募る不信感

 深見省吾の思いがけず強い口調に、美月は少しむっとなって言い返した。

「私のため? 犯罪を目撃して、それを黙っていろと……? 今すぐにでも警察に届け出るべきなのに。――少なくとも、親や学校には相談すべきだわ」


 省吾は、強く首を振った。

「君の言うことは正論だ。しかし、正論だけで済むなら、誰も苦労はしないさ。とにかく、君が何と言おうと、僕は親にも学校にも言わない。君もそうしてくれないか」

 

「そんなの、おかしいよ。私は納得できない」


「だから、余計なお世話なんだよ。人のことよりも、自分の心配をしろ」

 カッとしたように言う。

 驚いて思わず目をみはっていると、向こうは顔をそむけた。


 何よこの人――。

 さっきは急に見つめられて、ついどぎまぎしてしまったけど、ただの意気地なしじゃん。こんなのに関わり合っている暇はない。


 地面に置いていたリュックを手に取ると、「あっ、君」と呼び止められた。

「ごめん。ちょっと言い方が悪かった」


「いいよ、別に。――そうそう、ハンカチは返さなくてもいいから。あんたの血が付いたハンカチなんて、いくら洗ってくれても御免だわ。それに、人が見ていたら誤解されるかもしれないから」

 できるだけ意地悪そうに言う。


「いやあ、手厳しいなあ」と、向こうは苦笑いしている。

 それを無視するように、「じゃあね」と、背中を向ける。

「あっ、待って。庄野さん」

 また呼び止められる。


「何よ。まだ私に用があるの? 少なくとも私のほうには、あなたなんかに用事はないから」

「僕にはある。君に伝えておきたいことがあるんだ」


 また、さっきのようにじっと見つめてくる。

 いったい何なのよ――。

 美月は振り向いた姿勢のまま、相手を睨み返した。


「ちょっと、座らないか」

 こちらが返事をするのも待たず、勝手に拝殿のほうに歩きだす。賽銭箱のすぐ下にある階段に先に腰かけ、こちらが座るのを促す。


 仕方なく近付くと、彼とはできるだけ離れて、一番端に座った。

 省吾はしばらく黙ったまま、鳥居の方角を眺めていたが、やがて口を開いた。

「君、片山瑞穂には気を付けたほうがいい」


 予想だにしていなかったその一言に、美月は思わず振り向いた。

「何故なの?」

 咄嗟に聞いた。


「実は彼女のグループには、去年までもう一人いたんだ。それが、三年生になって急に来なくなった。どうやら休学しているらしい。理由は分からない。先生も言わないし、クラスの誰も知らないみたいだ」


「そのことが、どうして瑞穂に気を付けなければならないって話になるの?」

 例の一件がすぐに頭に閃いたが、あえて言わなかった。


「僕の勘だ」

「勘って……? そんないい加減な根拠で、人の名誉にかかわるようなことを言ってもいいの?」

 よほど昨日の出来事を話してしまおうかと思ったが、ぐっと我慢した。


 省吾はまた黙り込む。

 何か言い淀んでいるようだったので、美月は辛抱強く待つことにした。さっきの答えをどうしても聞きたい、と思ったからである。


 省吾はなかなか口を開かない。

 美月は所在なく、周りの樹々を見渡した。若葉が風に優しく揺れ、空は青く澄み切っている。

 こんな日に、どうしてこんな憂鬱な話を聞かされなければいけないんだろう。しかも、あんな暴力現場を目撃した後に――。


「君はここに転入してきたばかりで、まだ知らないだろうけど」

 やがて省吾が、ゆっくりとした調子で話し始める。

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