目撃
美月は、近くのコンビニにいた。レジの脇にちょっとしたスペースがあって、小さいながらもテーブルと椅子がある。コーヒーを置くと、そこで教科書やプリントを開く。
テストが近い。母との諍いなんかを口実に、時間をおろそかしたりはできないのだ。
たとえお父さんが養育費を停止したとしても、私は絶対に大学に行く。奨学金をもらってでも、アルバイトをしてでも――。
そう思いながらも、気持ちはやはり乱れたままだ。化学のテキストを開いたかと思えば、数学のプリントを広げたりで、まったく落ち着かない。
そう言えばあの女教師も、『咸臨丸』とか言う漫才コンビもT型定規を持っていたが、たまたま偶然なんだろうか。
翌朝、美月は早めに起きた。道子の言うとおりに、昨夜の食べ残しをレンジにかけ、御飯を掻き込んだ。身体の中で、カロリーを一番消費するのは脳だ。運動なんかよりも、受験勉強のほうがよほどダイエットになると、彼女は信じている。
と言っても、ダイエットが目的ではない。
一つは勉強。
もう一つは、瑞穂たちへの対抗心。彼女たちがどんなイジメを――いや、あれはイジメなんてものじゃない。完全な暴力だ。自分は絶対に、そんなものには屈しないんだから。
まずは気力。そして、気力を維持するためには、体力だ。
食べ終わると、美月は自身を鼓舞するようにヨッシャと立ち上がり、まだ寝ている母には声もかけずに、家を後にしたのだった。
今朝は、昨日とは打って変わって晴天である。
いつもの停留所でバスを待つ。始業時間よりだいぶ早く着くが、学校の門は開いているはずである。昨夜は心が千々に乱れていて勉強に専念できなかったが、少し眠ったらすっきりした。
早く行って、誰もいない教室で勉強をする計画である。英単語を覚えようと思って、本を開きかけた時のことである。
ふと窓の外を見ると、黒塗りの高級車がちょうどバスを追い抜いていくところであった。しかし、すぐに赤信号で止まる。
日頃から、歴史の年号などを語呂合わせで覚えているせいか、前を行く車のナンバーなども、つい無意識に語呂で覚えてしまう。
間違いない。香川舜の車である。
すべては、彼に声を掛けられたことに始まったのである。腹立たしさを覚えるとともに、不吉な感情も湧いてくる。
やがて青信号になり、バスも高級車も動き出す。
早く先に行ってしまえばいいんだ。永久に私の視界の外へ――。
しかし、こんな早い時間にどうしたんだろう。
まあいいや。私には関係のないことだ。そして、今後はもう二度と、彼には関わりたくない。
バスを降りると、商店街の入口である。商店街を抜け、ドブ川のそばをしばらく歩くと学校に着く。その少し手前に小さな神社がある。神主などもいないのであろう。社務所らしきものも見当たらない。
路地を少し入った所であり、日頃から人通りも少ない。そのうえ、周りを大きな木々に囲まれているので、人目につきにくい場所でもある。
美月は、ふと自らを奮い立たせる意味で、ちょっと参拝してみようかと思い立った。
鳥居をくぐろうとした時のことである。数人の人影があるのに気づいた。とっさに、『獻燈』と彫られている大きな灯篭の陰に身を隠す。同じ学校の男子生徒であるばかりでなく、その中に香川舜らしき人間が混じっていたからである。
灯篭の背後からじっと様子を窺うと、拝殿の前に一人がうずくまっており、3人が取り囲んでいる。そこから少し離れた所に大木があり、舜がそれに寄りかかって見ている。スポーツ刈りでがっしりとした体格の一人が、うずくまった生徒の腹を蹴った。
蹴られたほうは、しばらく腹を押さえていたが、やがて胸ポケットから財布を取り出す。取り囲んでいたうちの一人が屈み込み、手刀を切るような仕草をして、それを取り上げた。




