さっちゃん
「島崎さんが犯人じゃないの?」
「あの人、人付き合い悪いし……人間嫌いって感じもするし……」
「でも、自分の娘を殺すかね?」
「自分も被害者になれば疑われないと思っての犯行かもよ……」
今日も園児の母親達が噂話をしている。
(島崎さん……悪そうな人に見えなかったけどなぁ……)
美咲は信じられないと思いながらも噂話に耳を向ける。
山本美咲は市立の幼稚園の先生。二十代後半だが、もうベテランの域に達している。
最近、市内で起こっている連続幼児殺人事件。
島崎は美咲の勤める幼稚園の園児の父親であり、その娘である紗智子は二日前に殺された。
妻を三年前に亡くした島崎は、男手一つで紗智子を育てており、幼稚園の送り迎えもしていたのだが、近所付き合いが良い方ではなく、他の母親達からも評判もあまり良くなかった。
紗智子の葬儀は身内だけで行われ、幼稚園関係者にも告別式の場所すら連絡も無い状態であり、その事で更に悪い評判が立つようになったのである。
しかし、美咲は紗智子の前で見せる島崎の笑顔は本物であり、本当に自分の娘を愛しているのだなと関心するくらいに思っていた。
(そんな人が自分の娘なんか殺せるわけないでしょ……)
美咲は、自分だけは噂に惑わされまいと心に誓った。
――それから数日後……
(島崎さん、連絡来ないけど大丈夫なのかなぁ……)
幼稚園のお昼休み。
なんとなく島崎を気にしながらパソコンでオークションを見ていた美咲は驚いた。
『難あり格安! グッチ本物ハート型ペンダント』
「これって……」
オークションのページに、グッチのハート型ペンダントが出品されている。
その撮影されたペンダントの下の方に小さな傷が付いていたのだが、以前、紗智子が美咲に見せてくれた母親の形見のペンダントと傷の位置が同じだったのである。
「ちょっと、横地くん……」
「なんですか? 美咲先輩」
横地修は大学を卒業したばかりの保父の研修生。
この幼稚園に来てまだ一ヶ月程で、現在、美咲が教育係をしているのである。
「これ見て……」
「グッチのペンダントが何か……」
「ほら、この傷覚えてない?」
美咲は傷の部分を指した。
横地はまじまじと画像を見ながら思い出したように言った。
「あ、さっちゃんが持っていたペンダントと同じ傷……」
「やっぱり同じに見える?」
「当たり前ですよ。あの子ずっと肌身離さず身に付けてましたし、よく見せびらかしてましたよ……だからよく覚えてます」
美咲は少し考えて横地に言った。
「ねえ、こう考えられない? さっちゃんを殺した犯人が出品したと……」
「う〜ん。犯人なら証拠となる品をわざわざ出品するかなぁ……」
横地は首をひねった。
「でも絶対何か事件の手がかりになるはずよ」
美咲は急に笑顔になって横地の耳元でささやいた。
「ねえ、お願い……」
「何ですか! 気持ち悪い」
「横地くんの名前で落札して欲しいのよ」
「何で僕が……」
「届け先に私の住所教えてもし私が殺されたら大変でしょ……」
「僕なら殺されても平気なんですか!」
横地は少しふくれながらも美咲に協力する事にした。
傷があるせいか入札者が少なかった事も幸いして横地はペンダントを落札する事ができた。
「美咲先輩! 出品者からメールが届きましたよ。入金確認出来次第、品物を送るって」
「ちゃんと住所書いてあるわね。隣の市からだわ」
「まさか……出品者に会いに行こうなんて言わないでしょうね」
横地は美咲を睨みながら言った。
「それはちゃんと品物を確認した後ね」
「やっぱり行く気だ……」
横地は泣きそうになった。
――数日後の日曜日……
「先輩! ペンダント届きましたよ」
待ち合わせ場所の公園で美咲を見つけて手を振る横地。
横地にかけよる美咲。
「どれどれ、ちゃんと見せて……」
美咲は横地からペンダントを受け取りまじまじと見つめている。
「やっぱり間違いないわ……これはさっちゃんの物」
「やっぱりそう思いますか? 僕もそう思いました」
暫くして美咲は何かを決心したように言った。
「さてと……差出人の住所に行くわよ! 横地くん」
「え? って言うかやっぱり僕も行くんですか?」
「当たり前でしょ! か弱き乙女を一人で行かせる気?」
(何処がか弱いんだ……)
横地は泣く泣く付いて行く事になった。
「このアパートね……」
その場所には古ぼけた木造二階建てのアパートが建っていた。
「本当に行くんですか? 警察に頼んだほうが……」
「ここまで来て何言ってるのよ。警察だってこんな事で動いてくれないわよ」
そう言いながら美咲はさっさと階段を駆け上がり、その後を横地は渋々付いて行く。
「2A、ここだわ」
美咲はドアをノックながら呼びかける。
「田中さーん! いらっしゃいます?」
暫くしてドアが開いた。
「誰です?」
ドアの隙間から四十代くらいの男性が顔を覗かせた。
「横地くん……」
美咲は横地を自分の前に押し出す。
「あ、あ、あの……、あなたからグッチのペンダントを落札した横地ですが……」
男は暫く考え込んでぶっきらぼうに言った。
「落札してくれたのはありがたいが、出品者の住所までわざわざ来るとはどういう事だ?」
「そ、それは……」
「用が無いのなら帰ってくれ!」
男がドアを閉めようとした時、美咲は横地をドアの間に押し込んだ。
「いたた……先輩お手柔らかに頼みますよ」
美咲の行動を見た男は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「何だ? どういうつもりだ!」
美咲はドアを思い切り開けて男に詰め寄り、ペンダントを顔に突きつけた。
「このペンダントどうしたの? 正直に言いなさい!」
「な、な、な……なんなんだ、おまえは!」
男は急に青くなってしどろもどろになった。
「私の知り合いが無くしたペンダントにそっくりなんでね……あなた、正直に言わないと警察呼ぶわよ!」
美咲はそう言うと、さっと横地の後ろに隠れた。
「せ、先輩! 僕は盾ですか?」
横地が美咲に文句を言うと同時くらいに、突然男は急に玄関で土下座をした。
「ごめんなさい!」
「え?……」
美咲は男の意外な行動に拍子抜けをしてしまった。
「ど、どう言う事よ……ちゃんと説明しなさいよ……」
美咲は横地の腕にしがみつきながら男に質問した。
「そのペンダントは拾ったんだよ。なんか高そうだったんでオークションで売れるかなと思ってね。お願いだから警察だけは勘弁してくれ……金は返すから……ほら!」
男は、落札金額を財布から出して美咲の足元に置いた。
「本当に拾っただけなの?」
美咲は、暫く考え込んで男にやさしい口調で言った。
「わかったわ。警察には言わないから何処で拾ったかだけ教えて頂戴」
「言うよ、言う。」
男は美咲と横地に拾った場所をメモに書いて説明した。
「本当に行くんですか?……もう明日にしたほうが……」
横地は美咲の背中におそるおそる問いかける。
あたりはもう薄暗くなりかけており、美咲は近くの雑貨屋で懐中電灯を買ってメモを照らしている。
「当たり前でしょ! ここまで手がかり発見して黙って帰れないでしょ!」
美咲は横地の言う事など耳に入らない様子で、男がくれたメモとにらめっこしながら早足で歩いて行く。
その後を重い足取りの横地が付いて行く。
「このあたりね……」
そこには、取り壊しを途中で中止されたような廃墟のビルが建っていた。
「ビルの中で拾ったと言ってたわね」
美咲は横地の背中を押しながらビルの中に進んでいく。
ビルの中を懐中電灯で照らすと、角材や鉄パイプ等が無造作に転がっている。
「この辺りと言ってたわね……何か手がかりは無いかしら……」
美咲が男が拾った辺りを懐中電灯で照らす。
その時、『ガタン』と物音がした。
音のした方に懐中電灯を向けて美咲は絶句した。
「島崎さん……」
懐中電灯の照らされた場所には、紗智子の父親である島崎が立っていた。
「貴様……」
美咲の方を睨み付けながら島崎は、近くに落ちていた角材を手に取る。
(そんな……やっぱり、さっちゃんのお父さんが犯人だったの? このペンダントを探しに殺人現場に戻ってきたの?)
美咲は自分だけはと信じていた人の信じたくない裏切りに、呆然となり力が抜けてしまった。
「先輩! しっかりして下さい」
はっと我に返った美咲は、横地の後ろに下がる。
「横地君、これ……」
美咲は横地に角材を手渡す。
「僕っすか?」
「私が島崎さんの後ろに廻り込むからなんとか応戦してて……」
美咲は横地を立たせると、島崎を照らすような形で横地の足元に懐中電灯を置き、自分は横地の後ろからそっと暗闇に姿を消す。
「この野郎!」
島崎は横地に角材を振りかざす。
「やめろ!」
横地も応戦する。
二人が争っている横で美咲は暗闇を壁伝いに島崎の後ろに廻りこんだ。
「えい!」
美咲は落ちていた角材で島崎の足を払った。
「うわ!」
島崎はその場に倒れる。
「今よ!横地君!」
横地は倒れた島崎の背中や頭を角材で何回も殴った。
島崎はぐったりと動かなくなった。
「横地君、もうそれくらいにして警察呼んできて……」
美咲は、島崎に駆け寄り抱き起こす。
「島崎さん!しっかりして……どうしてこんな事したのよ……」
美咲は紗智子の顔が頭に浮かんで、なぜだか涙か溢れてきた。
横地はその場に立ち尽くして動こうとしない。
「何をしてるの? 横地君。早く警察を呼んで」
「その必要は無い」
横地は低い声で言った。
美咲は一瞬意味がわからなかったが、暫くしてすべてを悟った。
「横地君、あなただったのね……」
美咲は横地の顔をゆっくり見上げながら言った。
「ふふふ、今頃気づいても遅いよ、先輩」
横地は肩をふるわせながら笑いを堪えている。
「どうして……」
「なんで俺が保父を目指していたか、わかるか? 誰にも邪魔されずに幼児と触れ合えるからだよ。だけど、触れ合うだけでは我慢できなくて殺す快感を覚えてな……」
「こんな事しても、すぐ捕まるわよ」
美咲は横地を睨みながら言った。
「それは無い。だってお前はここで死ぬんだ。警察は島崎を疑っている。お前は島崎と争っている内に島崎を殺してしまい、怖くなってここで自殺するんだよ。へっへっへ」
横地は美咲の顎をつかんで笑いながら言った。
「ここでさっちゃんを殺したの? 発見されたのは川って報道されてたけど……」
美咲は横地を怒らせないように穏やかな口調で聞いた。
「そうさ、他の園児達もここで殺して川に捨てたのさ。しかし、さすがに紗智子のペンダントを失くした時はあせったよ。でもお前がオークションで発見してくれたおかげで証拠品が警察に渡ってない事を確信したよ。俺の指紋が出てきたら俺が疑われるからな。お前と行動を共にしながら殺害の機会を伺ってたら島崎までやってきて、まさかお前が島崎殺害の手助けをしてくれるとはな。無実を信じていたお前に殴られるなんて、つくづく哀れな奴だ。出品した男もお前らを殺した後に始末する予定だけどな」
横地はナイフを取り出し、美咲の胸に突きつけた。
(もうダメだ。私は死ぬんだ)
美咲は絶望の淵で紗智子のペンダントを握り締めながら、普段信じていない神や仏を手当たり次第に祈る。
(誰でもいいから助けて……)
その時、ペンダントが一瞬光を放ち、美咲の後ろに人影が現れた。
「ワタシヲコロシタノハ、アナタダッタノネ」
美咲が後ろを振り返ると、そこには死体発見時のピンクのワンピースを身に着けた紗智子が立っていた。
「さっちゃん……」
首には絞められた跡が痛々しく残っている。
「うわー! 誰だお前は! なんで生きてるんだ!」
横地は腰を抜かしてその場に座り込んだ。
紗智子が両手をゆっくりと上げて横地の方に向けると、傍にあった角材や鉄パイプが浮き始め一斉に横地の方を向き始める。
「何をする気だ! やめろ!」
横地が断末魔の叫声を発するより早く、角材や鉄パイプは次々と横地の体に突き刺さる。
美咲は思わず目を覆った。
暫くして美咲がゆっくと目を開けると、そこには紗智子の姿はもう無く倒れている島崎と角材や鉄パイプの下敷きになった横地の血まみれの死体があるだけだった。
「さっちゃん……ありがとう……」
美咲はペンダントを強く握り締めた。
「本当にごめんなさい……」
病院の一室のベットに横たわる島崎の傍で頭を下げる美咲。
「先生、もういいですよ……こうして助かった事だし」
島崎は重症を負ったが命には別状は無かった。
「でも、私のせいでこうなったんですから、最後まで看病させて下さい!」
「あはは、それじゃお言葉に甘えて……」
島崎は笑顔で答えた。
警察は美咲の証言により横地の部屋を家宅捜索した結果、殺された幼児達のビデオが押収され犯人と断定した。
横地の死については美咲は本当の事が言えずにいたが、事故死という結論で一応の事件の幕が閉じた。
「でも、どうして私達を襲ったんです?」
美咲は島崎に疑問をぶつけた。
「俺は最初から横地を疑ってたんだよ。でも警察でも俺を疑いだしてきたようで独自で調査してたんだ。それであの場所に行ったときに横地を見つけて……あの時は先生の姿に気が付かずに横地だけを狙ったんだよ」
美咲は自分のした事が今更ながら恥ずかしくなって顔を赤くした。
「本当にごめんなさい……」
美咲は消え入りそうな声で更に謝った。
「もう気にしないで下さい。――しかし、何で先生は助かったんですか?」
「それは……」
美咲は紗智子の事を思い出しペンダントを島崎に見せた。
「これは、紗智子にあげたペンダント……妻の形見の……どうして先生がこれを……」
「さっちゃんが助けてくれたのよ……」
美咲は涙を溜めながら笑顔でそう言った。
数日後、紗智子の墓の前で手を合わせる美咲。
「さっちゃん、先生を助けてくれて本当にありがとう……お父さんの事は心配しないで。入院中も私が面倒を見てあげるから、さっちゃんはもう何も心配しないで安らかに眠ってね……」
「センセイ……」
美咲が振り返るとそこには紗智子が立っていた。
思わず涙を流しながら、美咲は紗智子を強く抱きしめた。
「さっちゃん……ありがとう……」
紗智子は目を見開いて美咲の耳元でささやいた。
「パパニ、コレイジョウチカヅイタラ……コロス……」
読んだ方、決して結末をばらさないで下さい。