-思い出す喪失感-
勝負は文字通り一瞬だった。
流は陰陽術の名前を発することなくその場に倒れ伏せ、鈴花はその流の首筋に短刀をあてがってる。
「予想以下の実力ですね。《無詠唱》というのだからどれほどの速度で展開すると思えば……所詮はこの程度ということですね。期待はずれです」
淡々と事実を述べる鈴花。
流は目を潤ませている。
当たり前だ。
そこにあるのは圧倒的な実力差。
そして、何より優位だと思っていた《無詠唱》も否定されたのだから。
「天音さん、行きますよ。一応、天音さんに《無詠唱》の手ほどきをしてくれたのは感謝致します。それでは」
流石の天音も立ち尽くすしか出来なかった。
月影を失う前の鈴花はこんな人間ではなかったはずだ。
やはり、月影の死は大きかった。
それは天音にだけ影響した訳では無かったのだ。
むしろ、兄妹である鈴花が一番ショックを受けているはずだ。
それでも無理をして平然を保っているように見せている。
そのせいで少しずつ……壊れているのかもしれない。
「天音さん? 何をぼーっとしているのですか? 行きますよ」
「あ、あぁ……すまない」
天音はなにも言わずに帰るのは癪だと思って流の元へ向かう。
「はよう帰ったらええのに……うちの負けは負けやから」
地面にペタリと座っている流はニコッと笑顔を浮かべた。
けれど、それは作り物だと簡単にわかった。
天音は少し困って考えた結果、流の頭をワシャワシャと撫でた。
「!? な、なにするん!?」
「無理すんなよ……流、お前は強い。ただ、今回は相手が悪かっただけだ」
「!? ……ありがと」
最後にポンと頭を撫でて天音は鈴花のあとを追ったのだった。
屋敷へ戻る車内でふと天音は鈴花に聞いた。
「鈴花さんはさ…………師匠のこと尊敬してたの?」
「鈴花でいいですよ。お兄様のことはとても尊敬していました。これ以上無いほど優しい兄だと思っています」
「そっか…………」
天音はボーッと車窓から流れる風景を眺める。
今度は鈴花が天音に質問を投げかけた。
「天音さんはお兄様のことをどう思っていましたか?」
「俺は……師匠は最高の人間だと思う。ツンデレだしな」
「ツンデレ? と言うのはよく分かりませんが……お兄様のことをよく思っていてくれて嬉しいです」
そして、鈴花な一枚の紙を取り出して天音に手渡した。
紙にはぎりぎり読めるような乱雑な字が並べられている。
「これは……?」
「お兄様が私に残した手紙、遺書のようなものです」
「そんなもん残してたのか……ほんとツンデレだな」
天音はそう言いながら手紙をめくった。
書いてあるのは日頃の愚痴ばかり。
本当に遺書のつもりなのだろうか。
ただの嫌がらせにも見えてくる。
しかし、最後は月影らしくしっかりと締めくくってあった。
『強くなれ、天音。お前には素質がある。世界を救うんだろ? そんならもっと強くなんなきゃならねぇからよ。修行、励めよ』
天音の両目から涙が溢れる。
意味もわからずこの世界に飛ばされて、何もわからないままだった天音を拾って、修行をつけてくれたのは紛れもなく月影。
そんな大切な人が失われた事を今更になって強く実感する。
彼はもう帰ってこないのだ。
「師匠……俺……づよぐなる……!」
鈴花は泣きじゃくる天音の頭を撫で続けた。




