涙花
赤い鬼は吼えた。その頬を、大粒の涙がぽろぽろと伝っていく。
苦しかった。切なかった。胸の少し下の辺りがどうにも空しく、狂ってしまいそうだった。
それは、赤い鬼にとって昔から馴染みのある感覚だった。
なんてない、日常の中でふと。突然世界の隅に追いやられたような、世界にたった独りであるかのような不安感と空虚さに襲われる。
理由など、赤い鬼には分からなかった。ただその度に、自分がこの世界にとって余計なモノであるかのように感じた。そうであって当然のように、自分自身を忌々しく受け止めた。空しさと哀しみを抱いて、自分を責めた。一体何をしたのだと。気づかぬうちに、何をしでかしてしまったのだと。これは、何に対する罰なのかと。
理由の知れない自責の念は消化されることなく積み重なり、溢れかえって、もはや止めることもできない。
涙は顎を伝い、乾いた地に落ちる。ぽつりぽつりと濡れた地からは、やがてぼこりと芽が吹き出した。それも、幾つも幾つも。
芽はみるみる間に伸びていき、あっという間に喚く赤い鬼に絡み付いた。だが赤い鬼はそれに意を介することなく泣き続けている。心が空になるまで、涙は止まりそうになかった。この悲しみと苦しさの前では、例え世界が壊れたところで無意味だった。
その間にも、芽はぐんぐん成長していく。丈は長く、根と茎は太くなり、互いに絡み合いながら赤い鬼を包み込んでいく。赤い鬼の空虚さを埋めるかのように、鬼の身体にまとわりつき、その皮膚にも細かな根を張っていく。
やがて鬼と芽は一体となり、大きな木となった。
瑞々しい木には零れるような蒼い無数の花が咲き、風が枝を揺らす度に、はらはらと花びらを落とすのであった。