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鋼鉄のベフライアー  作者: みさっち
第3章:もがれた翼
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もがれた翼(Ⅸ)

「ボコボコですね……」


 車両掩蔽壕しゃりょうえんぺいごうも兼ねる車庫に到着したドロッセル2号車を見た整備兵は、激闘に傷ついたその装甲を見て言葉を漏らした。

 戦闘中は気づかなかったが、細かい榴弾りゅうだんの破片で擦られた傷があちこちに作られ、88ミリ砲弾を弾き続けた正面装甲は、亀裂こそ走っていなかったもののかなり歪み、削り取られていた。

 砲弾をかすめ弾いた砲塔の天板と側面にも、同じようにえぐられたような擦過痕さっかこんが残され、鉄色の下地を晒していた。


「手間をかけますが、整備をよろしく頼みます」


 コマンダー・キューポラのハッチから身を乗り出したクラウスは、整備兵たちに苦笑交じりに頭を下げた。

 この傷は激闘の殊勲だが、整備させられる方にとっては迷惑極まりないものだ。

 だが、整備長をはじめすべての整備兵たちは、迷惑な顔を少しも見せず笑顔で応えた。

「任せておいてください。でも、戦争が終わったら一人にビール1本お願いしますよ!」

 整備兵の誰かがそんな声を上げ、車庫の中は笑いに包まれた。

「クラウスのサイフがカラッポになりそうだな」

 操縦手ハッチから這いだしてきたオットーが他人事のように言うと、他の整備兵たちが声を上げた。


「オットーさん。ご馳走様です!」


「はああっ!?」

「まぁ、ここはひとつ……乗組員全員の責任ってことで、みんなで割り勘してビール2本ずつかな」

 クラウスの提案に、同じようにハッチから這いだしていたエーリヒとカールはギョッとして顔を見合わせ、口を揃えて文句を言おうとしたが、それ前に整備兵全員からご馳走様です! と言われてしまって引くに引けなくなり、引きつった苦笑いを見せるしかなかった。

 そんな二人の顔をニヤニヤ見ながら整備長はクラウスに近づき、急ぎで外周確認をしたチェックシートを手渡した。

「整備に最低でも半日はかかりますね。もう、今日の昼間の出撃は無理だと思ってください」

「わかりました。よろしくお願いします!」

 整備長に敬礼し、その返礼を待ってからクラウスは戦車脇に並んだ乗組員を振り返った。

「全員、食事を取ったらそのまま休息。緊急招集がかかるかもしれないから、掩蔽壕からは出るなよ。解散!」

 オットーをはじめとする2号車の乗組員全員が敬礼すると、それにクラウスは答礼して解散をさせた。

 普段ふざけ合っていても、やはりここは軍隊であり、こうした規律は守られていた。

 敬礼が終わってからエーリヒとカールは食料調達に走り、ダニエルは補給弾薬について補給班との打ち合わせに向かった。

 後に残ったオットーは、整備点検に入った2号車を見上げながら、改めてその傷だらけの姿に感嘆したように声を漏らした。

「あれだけ砲撃を受けて、この程度の損傷か……」

「前面の傾斜装甲は、予備のパネルに交換するらしい。念のためにね」

「なるほどな……。でも、予備パーツってどのくらいあるんだ?」

「ほとんどないさ。ドロッセルはまだ、試作もいいところだからね」

 その言葉にオットーはおどけた顔をして両腕を抱きかかえるようにした。

「やれやれ。寒い話を聞いちまったな。ビールのせいで懐は寒くなるし、パーツもほとんどないってお寒い話……って?」

 あーヤダヤダというように外を見たオットーは、そこでポカンと口を開き、そして天を仰ぎ見た。

「オマケに雪かよ!」

「え?」

 振り返って開け放たれている車庫の入口を見たクラウスは、雨から雪に変った外を見て顔をしかめた。

「ったく……。たまんねえな。また、暖気に時間がかかるぜ」

 オットーの愚痴を聞き流しながら、クラウスは入口から外に出て空を見上げた。


 舞い落ちてくる雪は大粒の物で、もう完全に雨粒は混じっていなかった。

 空も雪雲に覆われており、本格的な降雪に入ることを告げていた。


「地面が……凍るな……」

「おかげで、塹壕は助かるがね」

 クラウスのつぶやきに答えたのは、前線からオンボロトラックで戻ってきたばかりのヘルマンだった。

「塹壕は水染みが激しかったからね。染み出る泥水をかき出し続けなきゃならない所だったよ。ところで、ちょっといいかな」

 ヘルマンは身体についた雪を手で払い落としながら、車庫脇のテーブルを空いた手で示した。

「でも、凍った塹壕の中では長時間耐えられないからね」

 そしてテーブルに地図を広げて、ヘルマンは鉛筆で塹壕の位置を書き込んだ。

「現在、塹壕はココとココに展開している。二次防衛線のつもりで作っていたけど、ここじゃ長期耐えるのは難しい。そこで……」

 さらにヘルマンは塹壕から少し下がった三ヶ所に印をつけた。

「ここに放棄された民家がある。申し訳ないが、ここを兵の詰所代わりにさせてもらおうと思う」

「民家って……木造だろ? 砲撃に耐えられるのか?」

「まず無理だね。でも、このままじゃ兵の足が凍り付いてしまう。ある程度の補強は施すが、砲弾を喰らったら運がなかったと思うしかない」

 オットーとヘルマンのやりとりを聞きながら、クラウスは頭の中で地図を現実の情景と組み合わせていた。

 確かにヘルマンが印をつけた三ヶ所には、それぞれ木造の家が建っていた。丸太を組み合わせて作るログハウスだったから、歩兵の銃弾になら、ある程度耐えられる可能性はあった。

「わかった。ただ、その辺の立木などを切り倒して、周辺に弾よけと壁の補強は忘れないようにしてくれ」

「それはぬかりなく指示してきたよ。事後報告ですまんね」

「いや、歩兵の指揮はキミだからね。他には?」

「村の教会の鐘楼に2人見張りを置こうと思う。それと、村に最も近い鉄道土手上に、土嚢を積み上げた機関銃銃座兼哨戒場所を設けようと思う」

「土手伝いに歩兵に攻め込まれたら、こっちもやりきれないから、いい案だと思う」

 すでにその準備もするつもりでヘルマンは戻ってきたのだろう。分隊規模の兵士たちが、それぞれ荷物を抱えてトラックから降りてきていた。

「前線に放置されたサガーの残骸も有効に使わせてもらおうと思っているよ。車台の下に潜り込めば、立派な弾よけつきの塹壕になるからね」

「すべて了解した。キミのやりやすいようにやってくれ。事後報告は忘れないように」

「了解した。あと、気になるポイントなんだが……」

 地図をたたんでから、ヘルマンはクラウスとオットーを雪が降る外に連れ出した。


「雪の中に連れ出すなんて鬼だな」

「じゃあ、手早く済まそうか」

 ヘルマンは苦笑しながら、少しズレ落ちた眼鏡を直して村役場を指さした。

 その時、一発の銃声が轟いた。

 音は雪で吸収され、どの距離で撃たれたのかすらわからなかった。

 放たれた銃弾はヘルマンの胸を貫きその体勢を崩させた。倒れかけたヘルマンだったが踏み止まり、咄嗟に隣にいたクラウスの背中を蹴り飛ばした。その瞬間、もう一発の銃弾がヘルマンの腹を貫き、彼はそのまま背中から地面に倒れた。

「ヘルマン!」

「狙撃兵だ!」

 ヘルマンに蹴り飛ばされたクラウスはつんのめるように建物の陰に転がり込み、二発目の銃声の直前にオットーは井戸の陰に飛び込んでいた。

「クラウス出るな!」

 飛び起きたクラウスが地面に倒れるヘルマンに駆け寄らないように制止しながら、オットーは腰から拳銃を引き抜いて様子を窺った。

 ヘルマンが撃たれた角度を考えると鉄道土手側からの狙撃に間違いはない。だが、降りしきる雪で視界が悪く、どこに狙撃兵がいるのか見当もつかなかった。

「ガハッ……ぐっ……」

 地面に横たわるヘルマンは激しく咳き込み、口から血を吐き出していた。その脇の地面で銃弾が跳ねた。

「ヘルマン! しっかりしろ! すぐに助ける! 衛生兵!」

「ヘルマンを助けにくる奴を狙ってるんだ! うかつに出るなよ!」

 駆けつけてきた歩兵たちは、オットーの叫び声でそれぞれ物陰に隠れて様子を見たが、やはりどこから撃たれているのか見当がついていない様子だった。

「けん制射撃をかけます! その間に中隊長の救助をします!」

 分隊長の声に他の歩兵たちは一斉に銃を構えて射撃を開始した。そして二人の兵士がヘルマンのそばに駆け寄ろうとしたが、再び狙撃銃の銃声が轟いて近づきかけた兵士の一人を撃ち倒した。もう一人の兵士はあわてて地面に伏せ、そのまま身体を転がしてクラウスの傍らに逃げ込んできた。

 これでは、不用意に近づくことができない。

「くそっ!」

 誰もが焦り、狙撃点を探そうと懸命に目を凝らした。

 そんな中、ヘルマンはぎこちない動作でクラウスに顔を向けて口を動かした。

「ヘルマン喋るな! 今行く!」

 クラウスの言葉にヘルマンは首を振り、懸命に口を動かした。

「ヘルマン!」

「おまえは来るな――中隊長は、そう仰ってます!」

 今にも飛びだそうとしたクラウスの肩を掴んで押さえながら、ヘルマンの口を読んだ兵士がクラウスの耳元で叫んでいた。

「ヘルマン!」

「自分もそう思います! ベルガー少尉がいなくなれば、この村は終わりです! どなたが公女殿下をお護りなさるんですか!?」

「しかし!」

 もう一度狙撃銃の銃声が轟き、ヘルマンのブーツのつま先が弾けた。

「ちくしょうっ! 玩びやがって!」

 オットーがそう吐き捨てた時、聞き慣れない銃声が間近で轟いた。

 一発。間を開けてもう一発。

 いつの間にやってきていたのか、猟師を思わす出で立ちにボアつきのフードを被った10代半ばくらいの少女がクラウスの傍らで片膝を立てて座り、猟銃を構えていた。

「もう……死んでる。クロテン(セーブル)を撃つより楽よ」

 ボソリとそう言うと、彼女はフードを後ろに下ろしひとつに結んだ黒髪を引っ張り出した。

「キミは……?」

「歩兵が足りないって……あたしを駆り出したのは、あんたたちでしょ」

 少女は無愛想な声でボソリと言うと、大きな瞳をクラウスに向けてきた。

「お前とお前とお前! 3人で警戒しながら索敵してこい! 後は中隊長の救助だ!」

 分隊長の叫びに我に返ったクラウスは、あわててヘルマンに駆け寄ろうとしたが、クラウスの肩を掴む兵士はそれを許さなかった。

「ダメです! 少尉!」

「もう大丈夫よ。赤軍はいないわ」

 少女の言葉にクラウスは兵士の手を振り払い、担架に乗せられたヘルマンに駆け寄った。

 だが担架に乗せられたヘルマンは、すでに事切れていた……。


 この日初めて、将校に死者が出た。

 空を覆う降雪の暗雲は、ヘルマンの身体に静かに雪を降り積もらせていった――

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