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鋼鉄のベフライアー  作者: みさっち
第3章:もがれた翼
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もがれた翼(Ⅷ)

 クラーズヌイ社会主義共和国赤軍第3軍団第2師団指揮所――


 指揮所にあてがわれている場所は、クラーズヌイの猟師が猟期に使用するための掘っ立て小屋のような小さな平屋だったが、11月の寒風が吹きすさぶ中において、暖炉のある建物の中にいられるのは幸福だった。特に今年の冬は早く、11月だというのに霜柱が立ち氷雨が降るレベルだったから、こんな小屋であっても囲われている場所は天国以外のなにものでも無い。しかし、ここに呼びつけられた人間は今、地獄にいる気分を味わっていた。


 今、この中は、無数の煙草の紫煙で霞むように煙っていた。


 部屋には8人掛けのテーブルが置かれており、着席しているのは金モールや胸に様々な勲章を着けている高級将校たちだった。そしてテーブルの端には、2人の将校が直立不動の姿勢で立っていた。

 一人は精悍ないかにも軍人という顔をした将校であり、もう一人はメガネをかけた小役人風の将校だった。

「アキモフ中佐。そしてコジュロフ上級政治将校殿。貴官たちの占領予定目標は、それほどまでに強力な軍隊を揃えているのかね?」

 恰幅の良い身体つきをしたマチューニン中将は、太い葉巻を口元でくゆらせながらテーブルを挟んで正面に恐縮して立つ二人を半眼に開いた目で睨みつけた。

「このロムスタット公国には機甲部隊などほぼ存在しないに等しい。私はそう聞いていたが……違ったかな?」

 質問されれば即座に答えなければならない。

 ちょっとしたミスや失点は、階級など無視して懲罰部隊送りとなる。それは赤軍の常識となっていた。

 しかしなんと答えたらよいのか? そんな一瞬のアキモフの躊躇が明暗を分け、先に答えたのはコジュロフだった。

「は……。予想に反して公国は小型で強力な戦車を製造いたしておりました。しかし、その数は少なく、すでに我が軍は懲罰部隊が赫々たる戦果を挙げ、ボルガ川を渡り橋頭堡を確保し、今後の攻略は容易になるものと思われます!」

 丸眼鏡をかけた神経質そうな顔をしたコジュロフ政治将校の報告を、隣に立つアキモフ中佐は苦々しい思いをしながら聞いていた。

 クラーズヌイ革命以前のアカトヴァ朝ビエールイ帝国時代から、五代続く生粋の軍人であるアキモフ中佐には、人を使い捨てにするこの懲罰部隊というシステムと、常に監視する政治将校の存在が忌々しくて仕方なかった。

「ほう……。それは事実かね? アキモフ中佐」

「はっ。ボルガ川の両岸はすでに我が軍の制圧下にあります」

 しかし、公国軍は鉄道の土手を城壁として使い、その奥に強固な野戦築城を行い防戦の構えを見せています――と、続けられるほど、アキモフは空気が読めない男ではなかった。

 そんなことをすれば、身に覚えのない理由をつけられてコジュロフに密告され、官職を失い、彼の手で鼻を削がれて懲罰部隊に送り込まれてしまうだろう。

「結構な話だ。実に結構だ。第2師団がこの地に居留できる限界は、あと1週間しかない。さすがに1週間では、この人数でキンダーハイム要塞を攻略することは不可能だ。よって、1週間後には展開している師団を急ぎ転進させ、ドリューワー攻略に先行する第3軍第1師団の応援に向かわねばならない」

 実際に1個師団もあれば人数に不足があるキンダーハイム要塞を攻略することは可能だった。しかし、ここで使える砲弾の数に限りがあり、ドリューワーの戦線を考えると、迂闊に攻め込んでいたずらに兵を消耗させるわけにはいかなかった。

 それ故にマチューニン中将はドロテア公女誘拐し、公女を人質とすることでロムスタットを従わせる策を採用したのである。武人としては甚だ卑怯なやり方ではあるが、短期間でしかもこちらの損害を抑えてロムスタットを併合できるのなら致し方ない作戦だった。

 なによりも、ドリューワーの要請にロムスタットが応じ、赤軍の背後を衝くことだけは避けなければならない。

「期間はあと1週間だ。わかったな」

 マチューニン中将の静かな脅し文句に、アキモフもコジュロフもただ姿勢を正して敬礼することしかできなかった。


 そんなバルドー村制圧軍の2人の指揮官が師団指揮所に呼び出されている間にも、バルドー村での激戦は継続していた。


 激しい榴弾の雨が降り注ぐ中へ、ドロッセル2号車は全速前進を開始した。

『砲撃痕が泥でよく見えねえ!』

「正面には今のところない! そのまま突っ込め!」

 極端に視界が悪い戦車の中では、のぞき窓であるペリスコープの数が多い戦車長の指示にすべてが託される。本来ならキューポラのハッチを開けて上半身を出し、完全に視界を得た状態で進軍したいところだが、この砲弾が降り注ぐ中でハッチを開けることは不可能だった。

 死ぬのがクラウスだけだったら躊躇なくハッチを開いて視界を確保しただろう。しかし、ハッチ内に榴弾が入り込んでそこで爆発したなら、少なくとも砲塔内にいる装填手も砲撃手も死ぬだろう。全員が死ぬ可能性すらある。戦力が極端に少ない現状では、そんな危険は冒せない。

 真っ正面にサガーを捕えた2号車だったが、砲塔を動かして照準を合せる前に先制攻撃を許していた。

 ガンッ!

 激しい音と震動が車内を襲い、車体が激しく揺れたものの、被弾経始が利いて砲弾はその傾斜に沿って受け流され、装甲を削りつつも跳ね飛んでいった。

『砲撃準備。停車!』

 ダニエルの叫びにオットーは無言でブレーキを掛けた。2号車は前につんのめるようになりながらも、大きくひと揺れして停車した。

 その瞬間にもダニエルは照準を合わせていた。砲のブレがおさまるやすぐさま引き金を引いた。

 80ミリ砲の砲声が轟いた。しかし、サガーの正面装甲は被弾経始を利かせた傾斜装甲になっており、ドロッセル同様に砲弾を跳ね飛ばした。ただし、その一発の衝撃でサガーの正面装甲は大きく歪んだ。

『次弾、徹甲弾装填!』

 ダニエルの叫びに装填手のカールが弾倉から砲弾を引き抜き、手早く装填していく。

 その間に周囲を警戒していたクラウスは、左20メートルに榴弾の爆発を確認して叫んだ。

「20メートル緊急後進!」

 即座にオットーはシフトレバーを後退位置に入れてアクセルを踏み込んだ。

 もちろん正確に15メートル後進できるはずはない。ほぼその程度後進するというだけだ。だが、その距離を取ることが重要だった。

 次に降ってきた砲弾がサガーと2号車の間で爆発し、激しく泥や小石を巻き上げた。その爆発の勢いでサガーの攻撃が逸れ、放たれた砲弾はあらぬ方向に飛んでいった。

『装填!』

 装填手のカールの叫びがヘッドセットに響いた。

 すぐさま砲撃を加えたいところだったが、ダニエルは深呼吸してそれを抑え、爆発の影響が消えるまで待ってから引き金を引いた。

 正面装甲が激しく歪んでいたサガーには、二発目の徹甲弾を防御する能力はなかった。

 サガーの正面装甲に穴が穿たれ、直後に爆発炎上した。

『やったぞ!』

 破壊を確認したエーリヒが叫ぶやいなや、衝撃が横から砲塔を襲い、2号車は激しく横揺れした。

「次、2時30分の方向にサガーがきてる。超信地旋回で2時30分に正面合わせ!」

 即座に周囲を確認したクラウスは、先に撃破した炎上して黒煙を上げているサガーの陰からこちらを狙うサガーを確認し、スロートマイクを押さえて操縦手のオットーに指示を飛ばした。

『了解!』

 周囲に塹壕があり、そこに潜む味方の兵士が気がかりだったが、今は彼らが避けていてくれることを祈ることしかできない。ドロッセル2号車はその場で向きを変えて新たに迫るサガーに正面を向けた。

『何発まで保つと思う!?』

 通信手のエーリヒの質問で、車内の全員が固唾を飲んだのがクラウスは気配で察知した。

「安心しろ。運が悪くペリスコープが割れて死ぬのは、僕かお前だけだよ」

 クラウスの言葉にエーリヒを除くすべての者が笑った。

 その直後、また激しい勢いで砲弾を跳ね飛ばす音と衝撃が2号車を襲った。

 側面の直撃弾をドロッセルは2発耐えていた。それは高火力の88ミリ砲を相手に奇跡とも言える装甲だった。何度も何度も射撃実験を行い的確な角度と装甲厚を考えてくれたカヤにクラウスが感謝した時、ダニエルが砲撃した。

 砲弾はサガーの左履帯を破壊した。サガーは履帯車体が傾いた。その背後に新たなサガーの姿が見えた。

 左履帯が破壊されただけで、傾いたサガーはまだ生きている。

 同時に2両からの砲撃を受けて無事でいられるのか?

 クラウスの脳裏にそんな疑念がよぎった瞬間、ドロッセル3号、4号車が発砲し、2号車と相対していたサガーとその後方にいたサガーの側面を撃ち抜き、爆破した。

「すまん!」

『サガーの姿はもうない。後ろには砲弾痕も塹壕たこつぼもないから後退しろ!』

「了解した! 聞いた通りだ。ダニエル、真後ろに後退! 戦況確認後に問題がなければ整備に戻ろう」

『あいよ!』

 ドロッセル2号車はゆっくりと後退を開始した。

 榴弾が降り注ぐ中、防戦を行うその勇姿を塹壕の中から見守っていた兵士たちは、泥だらけの顔を上げて歓声を上げて見送った。

 傷だらけになり、泥に汚れきったドロッセルだったが、砲弾をものともせずに戦い続けたその姿は、兵士たちの心の中に、必ず自分たちを勝利に導いてくれる無敵の存在としてしっかりと植え付けられた。


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