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鋼鉄のベフライアー  作者: みさっち
第3章:もがれた翼
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もがれた翼(Ⅶ)

 新たな戦端が開かれたのは、その日の午後2時30分を回った頃だった。

 瓦礫の山を化したトンネル跡を視野に収めながら、3両のドロッセルと随伴歩兵中隊たちは、いつはじまるとも知れぬ赤軍の攻撃に備えそれぞれの配置について待ち構えていた。

 突破口は一点しかない。

 つまり、先に突破しようとした側が不利になる状況だった。

 土手上の線路に歩兵を展開して攻め込むということも想定されたが、こちらがしっかりした防御陣地を構えている以上、ただ的になるために線路上に上がるだけにすぎない。

 戦況は、膠着状態に陥っているように見えた。

 しかし――

 遠くに聞こえる遠雷のようなキンダーハイム要塞に降り注ぐ砲弾の音と同じような激しい砲声を轟かせて、赤軍の砲撃が線路を越えた公国の領内に初めて降り注いだ。

 歩兵は深く掘った塹壕に身を隠し、そこに砲弾が降ってこないことを祈るしかできないが、戦車隊は別な逃げ方をしなければならない。

 ドロッセルの戦車長たちは砲弾の爆発から砲の数と向きを予測し、その砲撃地域から戦車を逃れさせる判断が必要になる。

 クラウスもエアハルトもゲオルクも、必死で地表の爆発位置から次の着弾位置を予測し、それぞれのドロッセルを逃れさせ続けた。

「攻撃してくる砲の数が少ない。砲撃可能地域に砲を前進させたんだろうが、湿地だから数が限られている。おそらく北東街道上に砲の脚を広げて展開しているだろう。そこから砲の可動範囲を想像して逃げ回れ!」

 クラウスは喉元のスロートマイクを押さえながらそう叫んだ。

 榴弾であっても、真上から直撃されたら戦車もどうなるかわからない。クラウスはキューポラのペリスコープから爆発を読んで無線スイッチを車内に切り替え、必死に指示を飛ばした。

 砲弾が塹壕に着弾し人の手足が吹き飛んでいくのがしっかりと見えた。

 戦闘中に飛び散る仲間の身体の破片は、不思議としっかり見えるのだという。しかし、それが誰の手足なのか、砲撃が続く今は確認するすべがない。

 また、ドロッセル3号車に通信手として乗り込んだカヤは、初めての砲撃の轟音を狭い戦車の中で聞いて必死に恐慌状態になるのを抑えていた。

 これほどまでに砲撃の爆音が戦車に響き、震動を与えるとは思いもしなかった。至近弾の衝撃で壁に頭をぶつけぬように踏ん張りながら、喉元までこみ上げてきている悲鳴の放出を必死で堪え続けた。

『北東街道上に砲の脚を広げて展開しているだろう』

 ヘッドセットから聞こえたクラウスの無線通信は、カヤにとって正気を保つための救いの声となった。少なくとも、別のことを考えていればこの恐怖が薄まる気がした。

 彼女の脳裏に広げられたこの地域の地図から、北東街道の角度を算出し、村の安全地帯を探し当てた。

「全車に通達! 足場の軟地盤を考えると砲撃範囲は限定されます! 村に向かう道を6時と考えた時、4時30分の方向に逃げてください! きゃああああっ!」

 至近弾で激しく揺れたせいでつい悲鳴をもらしたものの、彼女の報告は有用だった。

すぐさま各戦車長は自分たちのドロッセルの位置を確認し、その方角に全速後進を促した。

 何時間も続いたかに思えたこの砲撃も、実際にはわずか5分しか過ぎていなかった。

「全員、塹壕たこつぼから出るな! すぐに次の砲撃がくる! おまえらがノコノコとたこつぼから顔を出してくるのを、ヤツらは待ち構えているんだ!」

 ディール先任軍曹は、危険を承知で塹壕から這いだして外を駆け回り、それぞれの塹壕に潜む兵士たちに声をかけて回った。

「大丈夫です! 軍曹!」

「わかってます!」

 余裕のある者たちは、なんとか声を出してディールの言葉に応えていった。かけられる声、応える声が、声を出す気力すら失っている兵士たちに勇気を与えることを知っているために、彼らはことさら大きな声を出した。

『ヘルマンもディール先任軍曹も無事だ!』

 ディールが潜んでいた塹壕一番近くにいた4号車のゲオルクが、そう無線で叫んできた。

 クラウスはその言葉にホッとしながら、自らもハッチを開けて外に身体を乗り出した。

 土埃と火薬の臭い、血の臭い、そして人の肉が焼ける臭いが混じり合ったむせかえるような空気が漂っていた。

 あちこちには砲撃痕がクレーターのように残され、土が掘り起こされて黒々とした姿をさらしていた。

「……また、砲撃がくる……か?」

 砲撃を二度繰り返すのは、戦場のセオリーだった。

 ディール先任軍曹が叫んだとおり、砲撃が終わったと安心して塹壕から這いだしてくる敵兵を待っているのだ。

 赤軍とて戦場のセオリーは知っている。果たしてそのとおりにくるだろうか?


 ――僕なら……どうする?


 公国側に戦車が待ち構えていることがわかっている以上、その配置陣形を崩し、その上でサガーを突撃させる方が効率的ではないか?

『全車、砲撃を警戒しつつ突入口も警戒! 砲照準を合わせろ!』

 赤軍はサガーを正規兵搭乗兵器と認めていない。つまり、砲撃下に自滅覚悟で突入させる可能性すらあった。

 バンッ! という花火の打ち上げ音にも似た榴弾砲の発射音が轟いた。

「くるぞ!」

 ディール先任軍曹はそう叫びながら手近な塹壕に飛び込んだ。

 やはり、赤軍はセオリー通りにきた。

 クラウスもあわててハッチを閉じてロックをかけた。その瞬間、突破口である瓦礫の山で横倒しになっていたサガーの残骸が、激しく吹き飛んだ。

 赤軍は、サガーをこの砲撃下に突入させる作戦に出た!

 3号車の砲撃手が真っ先に引き金を引いた。

 瓦礫の山を突破して公国領に侵入してきたサガーの側面に榴弾を撃ち込み爆破した。

 まるで紙のように装甲が吹き飛び、炎上したサガーがあらぬ方向に進んでゆく。

 火だるまになったサガーを尻目に、次々と新たなサガーが突破口から侵攻してきた。

 2両目のサガーの側面を4号車の砲が捕えた。撃ち出された徹甲弾はサガーの側面装甲を貫き、エンジンブロックを道連れにして貫通していった。

『も、脆い!』

「サガーの側面は噂通り紙装甲だ。正面以外を狙う時は榴弾を使え!」

 クラウスはそう全車に通達した。そして2号車も3両目のサガーを榴弾で爆破して炎上させた。

 しかし砲撃は続き、いくら撃たれてもサガーは次々と突破口から現れてくる。たった1両でもまともな状態で突破させてしまったら、塹壕に潜む歩兵たちにさらなる犠牲が出てしまう。

 4両目のサガーは赤軍の砲弾を直上に受けて爆発した。その爆炎の影に隠れるようにして別の2両のサガーが突入してきた。さらに2両のサガーが燃え上がるサガーを避けながら、その後から侵入してくる。

 3号車と4号車があわてるように砲撃を加えたが、サガーは砲弾をギリギリのところで回避し、ドロッセルに正面を向けるように対峙してきた。

 このまま手をこまねいているわけにはいかない。


「2号車全速前進! 弾種徹甲弾装填!」


 クラウスの号令一下、ドロッセル2号車は砲火の爆発が続く地域に突入した。

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