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鋼鉄のベフライアー  作者: みさっち
第3章:もがれた翼
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もがれた翼(Ⅴ)

「アルバン……お前……」

 通信手のアルバン・ハインは覗き窓から飛び込んできた砲弾とペリスコープの破片で左首と顔面を引き裂かれ、失血死していた。あり得ないほどの低確率で発生する状況だった。

 なによりも3号車搭乗員たちを泣かせたことは、アルバンは戦闘中に悲鳴を響かせまいと、自分のヘッドセットマイクにつながるケーブルを引き抜いていたことだった。

 無我夢中でやったことなのかもしれない。

 負傷した直後のまだ意識がはっきりと残っている時に、咄嗟の判断で行ったことだろう。その状況を表わすように、アルバンはケーブルのジャックをしっかりと握りしめていた。

「村の墓地に埋めてやろうよ……。ずっとこのままじゃ、アルバンが可哀想だ……」

 砲撃手のレオンの涙ながらの言葉に誰もが静かに頷いた。

 一〇代後半の少年たちにとって、戦車の外での戦死はペリスコープから覗き見るしかない非現実の世界に思える場所だった。だが、同乗している搭乗員が死ぬことは大きく違う。

 仲間が死んだことによって、自分たちにも死の危険が迫っていることが実感できた。


 毛布にくるまれて担架に乗せられたアルバンは、駆けつけてきたカヤに抱きしめられてから、村の共同墓地に埋葬された。


 一方、後退する3号車と入れ替わりとなった4号車は、崩れたトンネルの土煙越しに砲撃を繰り返していた。カザーが瓦礫を乗り越えてこちらに侵攻しようとしていたためだ。

「数で押してきても、通れる場所はここだけだ! 絶対に通すな!」

 ゲオルクは手で歩兵に撤退を指示しつつも、車内無線ではそう厳命した。

 敵にも随伴歩兵は今のところ見えなかった。

 戦車同士の撃ち合いであれば、ここでならドロッセルは負けない。そんな自信がゲオルクの中にあった。

 実際、線路を走らせる土手は高く、もしもの水害に備えた第二堤防も兼ねており急斜面になっていた。さすがの戦車もそこを登坂することができないし、よしんばできたとしても、まともに下りることができないだろう。

 結局、このトンネル跡の瓦礫の山を越えてくる以外に、赤軍の侵攻ルートはない。

 瓦礫の下敷きになったカザーに生存者がいるかどうかなど赤軍側にとっては問題外だった。搭乗員が赤軍懲罰部隊である以上、侵攻することが不可能であると指揮官に判断されるまで、ひたすら進まなければならない。

 そんな悲壮感がサガーたちには漂っていたが、それに同情してやる必要は公国軍にはない。明らかに赤軍が侵略してきているのだから。

「土煙が晴れるのを待つ。徹甲弾を装填。いつでも撃てるように準備をしておいて!」

 トンネルの天井部分が、その上部の線路諸共に爆破され、そっくり落ちているのだから、そこに積み上がった瓦礫もかなりのものだった。

 それを乗り越える時、戦車は致命的な弱点を晒す。

「砲撃手。瓦礫を乗り越えるサガーの底面が見えたら撃て」

『了解!』

 待ち構えるドロッセルの前に想定通りにサガーが瓦礫を乗り越えて出現した。

えええっ!」

 無謀にも瓦礫を乗り越えて腹をみせたカザーの底面に、4号車は容赦ない砲撃を加えた。反動でサガーはそのままひっくり返りかけ、崩れた瓦礫によって斜めに倒れ込んだ。

「やったぞ!」

 壊れたサガーそれ自体を障害物にすることに成功したが、88ミリ砲があれば、足場の悪い場所で擱坐かくざしたサガーのような軽戦車を吹き飛ばすことなど容易だった。

「また来る可能性はあるよ! 徹甲弾を装填して待機して!」


 次は必ずくる。


 そう判断したにもかかわらず、サガーによる砲撃は一向に行われず、ただ時間だけがコツコツと過ぎていく。

「どうなってんだ?」

『戦車長! 状況を教えて欲しいと2号車からです!』

「え……?」

 予想外の無線手からの報告に、ゲオルクはキューポラのペリスコープから後方を覗くと、そこに2号車の車影が確認できた。

「ああ、1号車が近くにきてるよ!」

 わかりきったことであっても、ゲオルクは大声で車内にそれを通達する。

 それが士気を高める方法だと彼は考えていた。

 無線スイッチを切り替えたゲオルクは、キューポラのハッチを開けて上半身を出しながら、後ろにきた2号車のクラウスに現状報告を行った。

 それを受けたクラウスは戦車を降り、注意しながら土手の影に隠れるようにしながら、瓦礫の山に登りはじめた。それを見た歩兵2名があわてて塹壕から跳びだして彼に従った。

「少尉殿! 偵察なら自分たちが……」

「しーっ!」

 声を立てぬように口元に指を当て、そして二人についてくるよう促した。

 撃破されたサガーは絶妙の位置で擱坐しており、新たな壁のように横たわっていた。

 クラウスは歩兵の一人をそこに残し、もう一人についてくるように促してからゆっくりと土手を登った。

 土手の頂上の線路についたら身を伏せ、さらに前進する。

 足元から見られないギリギリの場所まで乗り出して、クラウスは土手の反対側を観察した。

 そこには6両のサガーが停車しており、一様に瓦礫の山に向けて砲を向けていた。

 つまりドロッセルがここから現われようものなら、6門の砲撃に晒されることになる。

 完全に戦車同士の睨み合いの状態になっていた。

 こうなってくると、ここは歩兵戦に切り替えざるを得ない。

「伝令を頼む。ヘルマンに……ドナート少尉に連絡して、1個小隊をあの瓦礫場に配置させてくれ」

「了解しました」

 そしてクラウスは、双眼鏡を片手にボルガ川の対岸――湿原の奥に目をやった。

 雨霞がかかって遠くの方は見えないが、耳を澄ませば車両が鳴らす金属の軋む音が聞こえてくる。

 ――歩兵を連れてくるか……。

 恐らく、兵員輸送車とあの瓦礫場を突破するための強力な戦車を持ち込んでくるつもりだろう。

 ――どう戦う……?

 敵主力戦車の群れに勝った数時間後には、もうボルガ川の河川敷を奪われてしまった。

 目まぐるしく変わる戦況に頭を抱えながら、クラウスは独り、土手の上で次の戦い方を考え続けた。

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