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鋼鉄のベフライアー  作者: みさっち
第3章:もがれた翼
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もがれた翼(Ⅳ)

 エアハルトの3号車がトンネルの端まで出た時、まだカザーは橋にまでは接近していなかった。そのせいもあるだろうが、未だに大砲による砲撃は続いていた。

「狙えるか?」

『大丈夫です!』

「ならば照準合わせしだい撃て! 装填手は次弾の弾種徹甲弾に変更。三発目を榴弾にしてくれ!」

 装填手の返事の直後に3号車は一射目の砲弾を放った。先頭を走っていたカザーの正面を捕えたものの、その装甲を貫通できず、多少歪めただけで砲弾ははじかれた。

「正面は硬いな……」

 その様子をキューポラのペリスコープから覗いていたエアハルトは、すぐさま喉元のスロートマイクのスイッチを入れた。

「今トンネルに砲弾を叩き込まれるのは好ましくない! 右折して土手沿いに南下!」

『了解!』

 カザーは一斉に停車し、トンネルから出てきた3号車に狙いをつけきた。

「ダッシュ!」

 エアハルトの指示の直後3号車は急加速した。その背後の土手に次々と砲弾が命中し、泥が吹き飛んでゆく。

「移動しながら砲塔左回転。俺の停止合図直後に狙いを定めて撃て!」

 ドロッセル3号車は砲塔を左回転させながら走り続けた。

 一方、カザーは動き出した3号車に再度狙いをつけることを諦めたように再び前進を開始した。この鋼鉄のひつぎの目的は、明らかに河畔の制圧なのだろう。

「停車! カザーの側面を狙え!」

 3号車は停車した。その停車に驚いたのか、カザーの群はまちまちの動きを見せた。後続は停車し、先頭はより速度を増した。

「一発撃ったら全速後進!」

 直後、3号車は砲撃した。先頭カザーの予測進路に向けて放った砲弾は、見事に側面装甲を斜めから捕え、貫き、さらに斜め後方にいたカザーの側面に穴を空けた。

「貫通……した……だと?」

 あり得ない物を見た思いでエアハルトは自分の目をこすった。しかし、目の前で起きたことは現実であり、先頭のカザーは失速し、後続のカザーに押しのけられるようにして湿原に沈んだ。

 カザーの側面装甲はわずか5ミリ程度の鉄板でしかなく、小銃弾ですら側面から穴が空くと言われるほどの頼りないものだった。よって、強力な砲の徹甲弾では貫通してしまう。

 まさにザルクだった。

 後続のカザーたちは3号車がさらに前方に逃れると考えていたのだろう。その予測進路目がけて砲弾を放ってきたが、エアハルトの指示は全速後進であり、その予想は裏切られていた。

超信地旋回ちょうしんちせんかい! 正面を敵にむけろ!」

 ギガントの砲撃にも撃たれ負けしなかった。その自信がエアハルトに正面装甲をさらしている限り、カザーに撃たれ負けはしないという考えを起こさせた。

 ドロッセルは左右の履帯を反転行動させてその場で車両を回転させたが、軟地盤を砲弾で耕されてさらにグズグズになった地盤が禍し、90度回転しかけたところで右履帯が空転し、激しく泥を跳ね上げた。

「落ち着け! 履帯を停止させろ! 砲撃手はこの間に敵を減らせ!」

『了解!』

「ゆっくり後進。動けるかを確認してくれ」

 3号車は指示通りに慎重に後進した。

 足がかりを探るように、ゆっくりと慎重に――

 その瞬間、ガガンッ! という88ミリ砲弾をはじく震動と衝撃が3号車を襲った。

 強烈な震動と共にガラスが砕ける音が響き、戦車内に絶叫が響いた。

「アルバン! どうした!?」

 絶叫の主が通信手のアルバンだと気づくまで、エアハルトも時間がかかった。そして、なぜ悲鳴が上がるのかすらわからなかった。

『アルバン負傷! くっそ! その程度のケガじゃ死なない! 安心しろ!』

 操縦手のカスパーの叫びが無線を走った。

 傾斜装甲で弾かれた砲弾の欠片が通信手用のペリスコープを破壊し、その破片が通信席を跳ねまわり、アルバンの顔面を引き裂いた。

『くっそ! アルバンの仇だ!』

『まだ、死んでねーよ!』

 砲撃手のレオンはカスパーの言葉に応えず、橋に接近するカザーの群れに向かって榴弾を撃ち込んだ。対人用の榴弾であって紙のような装甲のカザーには十分だった。

 爆発した榴弾は数台のカザーを穴だらけにした。

 だが、それでもカザーの侵攻は止まらない。

「カスパー動けるか?」

『ヤツの砲撃が助けてくれた。大丈夫!』

 後進しかけたところで砲撃を受けたために、その砲弾によって後ろに押される形になり、3号車は僅かな足がかりを得ることに成功した。

「さらに下がってから足場を完全に確保してトンネルに逃げる! 操縦は任せた!」

『了解!』

 3号車は土手の急勾配を後進して這い上がるように足がかりを求めた。その間に、カザーは橋に到達して渡りはじめた。しかし、このままでは撃てない。

「レオン。照準だけはしておけ」

『了解!』

 ジリジリとお尻を突き上げるように急勾配の斜面をずり上がった3号車は、足場を確保できると見るや、軟地盤部分を避けるように左旋回して一目散にトンネルに向かって走り出した。

「3秒後に停車! その後橋の上の敵を撃て!」

 3号車はエアハルトの指示通りに3秒後に急停車した。その先の予測進路で再び砲弾が土手にめり込み土砂をまきあげた。

 その間に3号車は砲塔を回転させて橋を渡る先頭のカザーに狙いをつけて榴弾を放った。

 戦車橋の上で先頭のカザーは擱坐した。しかし、すぐさま後続のカザーたちがそれを押し出し、川に落とそうと動いてくる。

「トンネルの中に撤収しろ! ヤツらに背を向けないようにしろ! トンネル前の方向転換時に橋に向かってけん制砲撃!」

 トンネルの前で方向転換するのは狙い撃ちされる危険を伴った。しかし、背を向けた時に撃たれる危険性とは比べものにならない。

 3号車はトンネルの前で一度右旋回して停車した。

 そこで榴弾を一発放ったが、狙わずに撃った弾が効果を発揮するはずもない。

 そのまま3号車は後進した。

 ガガン! ガガン! とカザーの88ミリ砲が当り、正面装甲がそれをはじく音が車内に響く。

 誰もが恐怖に怯えながらも、無言でトンネルの中を潜り抜けた。

 その直後に爆音が轟き、激しい土煙や泥、芝、煉瓦やコンクリートの破片をまき散らして、トンネルが爆発した。


 激しく降る雨のように、土砂や破片が頭上から降り注ぎ、ドロッセルの車体を叩きまくった。

 その音が止んだ後、キューポラのハッチを開いて顔を覗かせたエアハルトが見た物は、瓦礫の山となったかつてのトンネルだった。


 そしてこの日、3号車の通信手であるアルバン・ハインが死んだ。

 享年17歳。

 彼は死ぬまでの間の苦しむうめきを仲間に伝えまいと、マイクのコードを引きちぎっていた……。

 戦車隊初の戦死者に、この戦争が決して楽なものではないことを3号車搭乗員の誰もが感じることとなった。

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