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展示品の昔話

※この話はリクエスト作品です。

 おい、そこのお前。……お前だよ、お前。ほら、さっきから俺のことじっと見てただろ。

 ああいや、別に見るなと言いたかったんじゃあない。お前、俺にそんなに興味があるのかと思ってな。まあなんだ。もし良ければ、俺の話を聞いていかないか? 俺がここに来た経緯、昔話をな。



 俺が生まれたのは、ここより西にある森の中だ。同じ日に兄弟達も生まれた。あいつらとはたくさん遊んだし、しょっちゅう喧嘩もした。母さんのおっぱいも、狩りで捕まえたウサギやシカも取り合った。喧嘩すると、前の時期に生まれた兄貴や姉貴に止められてたっけ。懐かしいなあ。

 俺の父さんは俺よりも体が大きくて強かった。狩りが上手で、自分の体より大きい獲物だって倒せるんだ。かっこよかったなあ。小さい頃は、俺もあんな風に狩りが上手になりたいって思ったものだ。

 俺の母さんは木立に紛れる綺麗な毛並みをしていたよ。俺の燻ったような模様より、ずっと立派だった。とっても優しくて、俺たちの傍に寄り添ってくれた。あのふかふかな毛皮に埋もれて昼寝をするのが、何よりも大好きだったなあ。


 おっと、つい思い出にふけっちまった。お前に話したかったのはそういうことじゃない。一連の事件について話しておきたかったんだった。

 俺たちが住んでいた森は、山だった。そこには俺と同じ動物もいた。餌となるウサギやシカもいた。地べたにはネズミもいたし、木の上にはリスや鳥たちもいた。そいつらを食べるキツネやタヌキもいた。ああ、食い物が少ないときはキツネやタヌキも食ったことあったっけ。いつも食べるシカに比べたらまずかったが。とにかく、俺はその森に家族と暮らしていた。

 山の麓には人間が住んでいた。奴らは時々俺たちのテリトリーに入るから、何をされるのかと気が気じゃなかった。でも大抵は、草を摘んでいくか木を切っていくかその程度だったからよかったんだけど。人間の暮らしている場所には、人間以外の動物もいた。立派な馬や、ぶくぶくと太った牛や鶏。ちょっと見るだけでも美味しそうだった。守るように柵があったから、普段は見るだけにしていた。でも獲物が捕れなくてお腹がすいたときは、馬や牛や鶏を襲って食べた。どいつも身が締まって、脂がのってて、美味かったことを今でもよく覚えている。

 だが今考えれば、それがまずかったのだろう。そこにいた動物たちは、人間達の食料だったようなのだ。それに人間達は食べるだけでなく、動物を別のことに利用していたらしい。それを俺たちが殺してしまったのだから、恨まれたんだ。もちろん、生きるためには仕方のないことだ。だが、人間達の恐ろしさを知っていれば、それがいかに愚かな行いだったか。ああ、思い出しても身の毛がよだつ。……え、別に毛が逆立ってないじゃないかって? このやろう、話の腰を折るんじゃねえ。いいから聞いてろ。


 で、だ。人間達は頻繁に森に入ってくるようになった。鉄と火薬の匂いがする、長い筒を持っていた。人間が入る度に、ずどぉんと大気の震える音が聞こえてきた。そしてその後には必ず、仲間の死体が転がっているんだ。聞こえた音の数が多い日は、死体もたくさんあった。俺たちは怖くなって、人間の前には出ないようになった。

 人間達の逆襲はそれだけでは収まらなかった。あるとき道ばたに肉が落ちていて、兄弟がそれを食べようとした。そしたら、急にガチャンと大きな音がしたんだ。見ると、兄弟の足を鉄の牙ががっちりくわえていた。鉄の牙は鎖で繋がれていた。それは人間の作った、罠だったのだ。兄弟は痛みに泣いていた。はずそうと思って頑張って開こうとしたけど、無理だった。結局、諦めるしかなかった。次の日にはもう姿がなかったから、たぶん人間に連れて行かれたんだと思う。もうこんなことがないようにと、怪しいもの、特に人間の匂いがするものには近づかないことにした。

 人間が仲間を殺し始めたのと同じ時期に、別の不幸が俺たちを襲っていた。突然めちゃくちゃに暴れる仲間が現れ始めたのだ。木に体をぶつけたり、ふらふら歩いたり。話しかけても答えてくれない。意味不明な叫び声を上げて、走り回る。しまいには動けなくなって、死んでいくのだ。一匹がそうなると、別の奴もおかしくなった。そうして死ぬ仲間もかなりいた。これは後から知ったんだが、彼らは「キョウケンビョウ」という恐ろしい病にかかっていたらしい。伝染病で、他の仲間もかかってしまうのだと。もともとこの国にはなかった病気らしいのだが、人間がどこからか持ち込んできやがったと聞いた。なんとも悪質な嫌がらせをしやがる。


 そういうわけで、森にいた仲間達の数はどんどんと減っていった。パトロール中にすれ違う姿を見かけなくなった。日課の遠吠えにも答える声が少なくなった。俺たちの家族も悲劇に見舞われた。父さんは狩りに出たところを人間に撃たれた。母さんは俺たち子どもをかばって死んだ。兄弟は罠に捕まったり、例の病気でおかしくなって死んでいった。

 気付けば、俺はひとりぼっちになっていた。もう独り立ちできる年だったから、生活には困らなかった。けれどすれ違う仲間はおらず、遠吠えをしても誰も答えてくれない。獲物を取り合う者もいない。じゃれ合い、喧嘩する相手もいない。森で最後の存在になってしまったんだ。

 俺は寂しかった。寂しいと伝える相手もいなかった。森に住むウサギもシカもネズミも鳥も、キツネもタヌキも、俺を見つけるとさっと姿を隠してしまう。仮に止まってくれていたとしても、彼らに俺の言葉は通じない。種族が、全く違うから。

 俺はただ泣いた。答える者も慰める者もいないとわかっていたが、そうするしかできなかったんだ。この気持ち、お前はわかるか? ……そうか。難しいよな、やっぱり。ああいや、そんな顔すんなって。どうか、最後まで話を聞いてくれ。


 寒い風が吹く、ある日のことだ。俺の前に人間が現れた。俺の声を聞いたからなのか、別の手がかりを追ったのかはわからない。そのときの人間は、コートを着た二人組だった。のしのしと、大きな姿をしていたように思う。人間は俺に真っ黒な筒の先を向けた。仲間の命を次々と奪った、あの恐ろしい武器を。

 最期に聞いたのは、地面が震えるような凄まじい音だった。腹の辺りが痛くなって、動けなくなった。俺は撃たれて、死んだんだろうな。人間の道具はよく分からないが、それだけはわかった。


 その後どうなったかって? おいおい、お前、俺が何に見えるんだよ。殺されたあと剥製にされて、こうしてお前と話しているんじゃないか。

 それにしても、こうして喋るのは兄弟が死んで以来になるかな。俺は剥製として展示されてずいぶん経つが、どいつもこいつもちょっと見るだけですぐ出て行くもんだから、話す間もなくってよ。お前みたいにじっと見てる奴なんていなかったんだ。

 なあ、一つ聞いていいか? どうしてお前は俺をずっと見て、話を聞いてくれたんだ?

 ……そうか。そんなに好きなんだな、オオカミが。へへ、なんだか照れるぜ。お前に話を聞いてもらえて、嬉しかったよ。オオカミが好きっていうその気持ち、忘れるんじゃねえぞ。

アザとーさんからのリクエストで、「最後のオオカミ」でした。

最初はファンタジー系にしようかなとも思ったのですが、最後のニホンオオカミが剥製になっているという話を聞いて、こういう感じになりました。

 ニホンオオカミの絶滅については、もっと様々な要因が絡んでいたそうです。なので、これはあくまでもニホンオオカミの剥製をモチーフにした、創作になります。興味のある方は是非調べてみてください。

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