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鋼鉄の体は誰のため

 今日も暑いですね。そこの方、炎天下の外にいて大丈夫ですか? 僕の中で冷やしてあげられたら良かったんですが、あいにくご主人様の許可無く冷やせないんですよね。今は中の方が地獄のような暑さですし。

 ……え、僕は誰かって? 僕はあなたの目の前にいる、白い乗用車ですよ。ここでご主人様、つまり運転手が帰ってくるのをじっと待っているんです。もちろん暑くて辛い時間ですが、僕たちはあなたたちのようにねっちゅーしょーとやらで倒れたりしないので大丈夫です。ああ、あなたはダメですよ。ちゃんと日陰に入って、水分補給してくださいね。

 もう少し話を聞いてみたい、ですか。そうですね……面白いかどうかはわかりませんが、ご主人様が帰ってくる間だけおしゃべりしましょうか。



 僕たち自動車は、ご主人様を乗せて、ご主人様が望む場所へ運ぶのがお仕事です。大抵は毎日決まった時間に仕事場へお連れして、決まった時間に家へ帰るのが常です。たまに寄り道もありますが、基本的には同じ道を通ります。線と線の間を、速すぎず遅すぎず走る。信号をに合わせて、規則正しく走るのが僕たちの礼儀です。

 代わり映えしなくて退屈じゃないかって? いえいえ、そんなことはないですよ。同じような時間に同じ道を通っても、毎日違う顔とすれ違うんです。トラックがいたりバスがいたり、僕たち普通の乗用車はもっとバラエティに富んでいますし。時にサイレン鳴らす救急車や消防車なんかが通れば、近くで何が起きたのだろうと想像が巡ります。作業車が通ればどこかで工事でもあるのかと考えますし、ゴミ収集車などはいつもお疲れ様と目配せします。

 いつも通る道も、工事で通行止めになったり、片側通行になっていることもありますよね。その関係でいつもと違う道を通る時などは、僕も緊張するんです。ご主人様の緊張が伝わっちゃうのかな。

 もちろん、いつもと違う場所に行くのも楽しいですよ。近場であっても、買い物や外食に行くのだと思うとワクワクしますね。……もちろん僕は車なので、駐車場で大人しくお留守番しているんですが。でも待っている間、期待に満ちた顔で入っていく人たち、そして満足そうに出てくる人たちを見ていると、ここはどんな楽しい場所なんだろうなって考えます。僕は見ての通り5人乗りなので、出かける時は家族一緒というのもあるかもしれません。帰ってきた時にトランクにぱんぱんに荷物を詰め込まれると、楽しかったのが伝わってくるんですよね。重たいけれど、その重さが幸せというものなのかなって。

 遠くへ行く時はもっとドキドキしますね。特に高速道路に乗る時は、今日はどこまで遠くへ行くのだろうとワクワクします。あそこはいつもより気合いを入れて、速く長い時間走る場所なので大変です。でも、頑張った分遠くまで行けるので好きですよ。降りた時の景色はいつもと全然違って、頑張って良かったなと思えるんです。たまに渋滞して、ちょっとずつしか進めない時は、体の負担が大きいので僕も嫌いですが。

 でもね、でかけるのがいつも楽しいことばかりじゃないのは僕もわかってます。たとえば大きな病院に行くときのご主人様は、悲痛な顔をしていつもより疲れたように見えるんです。中に入れない僕には、そこで何があったのかわからないんです。最近行かなくなったから、ちょっと喜んでいたんですが。最後に病院に行ってから数日後、初めていったあの場所。ご主人様も、家族も、親戚や友人が集まっていたのに、みんな黒い服で。沈痛な面持ちって言うんですかね、幸せとは正反対の顔だったんです。しばらくしたら、後方に瓦屋根みたいなのが付いている、変わった車が出てきて。とても豪華で綺麗な車だって思ったのに、誰も嬉しそうな顔をしていなかったんです。ご主人様も、その日はほとんど話さなくって、初めて尽くしの日だったのに全然楽しくなかったんです。あそこはいったい何だったのでしょうか? ……知らない方がいいこともある、ですか。むずかしいですね。



 僕にはご主人様を直接励ますことはできません。お気に入りの音楽やラジオを流すくらいはできますが。だからこそ、ご主人様の体だけでも守ろうと思ったんです。日差しを適度に遮って、暑さ寒さも遮る。暑い日には中を冷やして、逆に寒い日には暖める。雨や雪、ときに雷からもご主人様を守る。この鋼鉄の体は、歩くよりも安全で快適に移動してもらうためにあるんです。

 でも同時に、この体が誰かを傷つける凶器になることも、僕は知っています。人間よりも大きくて、重くて、そこに速さが加われば簡単に命を奪えるって。生身の人間にぶつかれば当然ただでは済まないって。だから歩行者や自転車は特に注意するんです。そして、車同士がぶつかっても大変です。だから整然と、規律を守って走るのが僕らの礼儀なんです。

 一回、何かにぶつかったみたいで、体がへこんだ仲間を見たことがあります。ひしゃげたフレームは痛々しかったんですが、それは守るためにも大事なことだって聞いたことがあります。硬すぎると、かえって衝撃が伝わりすぎて中の人が危ないんです。だから僕たちの体は、敢えて潰れることで衝撃を和らげて、少しでもご主人様を守れるように出来ているって。だからもしもの時は、僕も自分の体を潰してもご主人様を守る覚悟はあります。本音を言えば、そんな日が来ないことが一番幸せなんですけどね。



 すみません、ご主人様が帰ってきたみたいです。おしゃべりに付き合ってくれてありがとうございました。鍵を開けて、ミラーも開いて、乗せる準備をしなくては。

 おかえりなさい、ご主人様。今日も安全運転でお願いします。

 車に乗りこむ時、「駐車中はミラー閉じてじっと待ってるけど、鍵を開けたらミラー開いて出迎えてくれるの忠犬みたいだな」と思ったので書きました。

特に啓発のつもりはないけど、愛着湧いたら彼らを悲しませないためにもますます安全運転を心がけたいなと思います。

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