ホントの彼女はアホ面だった
優月は入浴を早めに切り上げて、ロビーのベンチに座っている拓也の隣に、そっと腰を下ろした。
「拓也ー、もう風呂済ませた?」
拓也はぶっきら棒に首を縦に振った。『最初の一言は、あくまでも会話を始めるための手続きに過ぎない――』優月にはそんな態度に見えた。優月は、拓也の横顔を眺める。
「ねぇ、拓也って彼女居るの?」
優月は出来るだけ、軽いノリを装って言う。
今は入浴時間なので、周囲に生徒は居ない。
会話を誰かに聞かれて、後でからかわれる事は無いはずだ。拓也はふいに優月の方を見た。優月はドキッとする。
「居るよ」
視界が閉ざされたかのような感覚に襲われた。自分が考えていた答えとは、全く違うようなものだった。もし彼女が居ても、「居ないよ」と言って隠すのが普通だろう。
「えっほんとに。どんな人なの」
驚きを隠すかのように、口だけは器用に動く。自分でも不思議に思えた。
「名前、言うわけないだろう。他の学校の人だよ」
拓也も、珍しく饒舌になった気がした。
「へー意外だなぁ」
と優月は拓也から視線を逸らした。
拓也は、優月の方を見たまま、少しの間ニヤリとして、
「俺、こう見えて結構、他校ではモテるんだぜ」
と言っている。デリカシーの無い奴だ。人の気も知らないで。優月は、嫌悪感を顔に出して、拓也の顔を睨んだ。
「ちょっと待てよ、冗談なのに本気で引くなよ」
「えーウソだったの? 本当だと思った」
拓也は慌てて弁明しだしたので、優月はクスクスと笑った。
「もう、完全に信じちゃったよ。拓也演技巧いね」
次の日。修学旅行で定番の遊園地観光の日。優月は遊園地での自由時間は拓也と一緒に行動する事に決めていた。
しかし、どうも拓也の姿が見当たらない。拓也の好きなゲームセンターにも、お土産売り場にも。半時ほど歩き回って、優月は少し気分を落ち着かせるために、観覧車裏の人目に付かない休憩所に向かった。
休憩所のベンチの一つ。なんと、そこに拓也は昨日と同じように座っていた。ただ、隣にはクラスメイトの桜子が一緒に座っている。そして二人は楽しそうに談笑している。
優月は足早に二人に近づいた。
「あ、優月」
卓也が間抜けにつぶやく。
「ねぇ、昨日は彼女居ないって言ってたよね?」
「あ、あれは……。ほら、もし彼女が居るとして、『居ないよ』って言ったら、『またまた〜』とか言って、詮索入れられるだろ? だからさ、絶対に彼女が居るって分からないように一芝居打ったっていう……」
優月は、拓也が言葉を言い終わらない内に、頬に渾身の一撃を食らわせていた。桜子はポカンとアホ面引っさげている。
優月は涙をこらえて、ジェットコースター乗り場へと駆けて行った。