閑話5-2
どうやら彼女は先日成人したばかりなのだそうだ。
そして遠く離れた異国のど田舎から来たらしく、あまり常識がないらしい。
村が魔物に襲われて壊滅してから、放浪していたところに前店長である老人と出会い、店を譲り受けたらしい。
再度正直に言おう、怪しい。
まず常識が違うくらい遠く離れた異国からどうやって来た。
そして、その礼儀正しさはどうやって身に付けた。
それに、あの老夫婦はろくに常識も育ちもない店を潰しそうな奴には店を譲るようには見えなかった。
それほどの聡明さが垣間見える人達だった。
最後に、これはできすぎている。
「まるで物語のような話だね」
言外に嘘くさいという意味を込めて言ってみる。
すると彼女は右手を左胸に置き、それにクロスさせるように左手を右肩に持っていった。
まるで何かを守るようなそれは、虫唾が走るほどひどく見慣れたポーズだった。
「これも、ベルナ様のお導きのおかげです」
こいつもか。
誰も彼もが創世神ベルナを敬い、なにかある度にベルナに感謝する。
そして地の王族という立場上、それは俺にも強要される。
今まで建前で一応形だけはしていたが、見た事もないような者に跪き感謝するなど、ましてや目の前に本人がいないのに祈りを捧げるなんて納得できなかった。
だが、それを聞いた父は俺にこう言った。
確かに自分もそう思っていた。
だが、お前も会ってみれば分かるだろう。
その美しさの中にある剣のような鋭さが。
柔らかなあたたかさとともに感じられる、跪かずにはいられない威厳が。
あの方が何よりも上に立つ存在だと思い知らされるだろう。
そして懐かしむように父が目を細めたのを今でもはっきりと覚えている。
認めたくなかったのだ。
尊敬し誰よりも偉いと思っていた父が得体のしれない者に頭を下げるのを、なにより信じたくなかった。
今思えばなんて幼稚な考えだったのだろうと思う。
そもそも偉大なる父といっても、レキルスが絶対王政なのは王族が地を司る地神様の血を引き、その証拠である金色をもって生まれるからだ。
そうでなければ、とっくの昔に反旗を翻されていたかもしれない。
けれど当時の自分はベルナ教信者が大嫌いだった。
滅べばいいと思うくらいだった。
実際に信者が死んでしまっては世界の人口が0.1%未満になってしまうのだが、そんな事どうでもよかった。
神に頼むくらいなら自分の事なのだから自分で解決しろと怒鳴りたかった。
だから目の前で祈りと感謝の姿勢をとる彼女に言ったのだ。
抑えても滲みでる怒りを込めて、鋭く。
「神に頼る事しかできないのか」
だが、自分を侮辱されて怒るだろうと思っていた彼女は笑ったのだ。
早朝にひっそりと咲く花のように。
そして口を開いた。
「はい、そうですね」
それは肯定以外のなにものでもない、そんな言葉。
まるで子供をなだめているように紡がれた台詞は余計に俺の怒りに触れた。
そのまま店員をひと睨みして、踵を返して店を出た。
正直に言って、シーナの第一印象は最悪だったのだ。
多分、彼女にとってもそうだろう。
だが、まさかこの出会いが俺にとっての所謂『運命の出会い』とやらになるなんて、思いもしなかったのだ。