閑話5 殿下の内心
レディオン殿下の視点です
毎日毎日、積み重なっていく書類を処理する。
その手つきも、父から仕事を与えられるようになってから数年経った今ではだいぶ手馴れたものになってきていた。
小さい頃から周りからの期待が大きく、王である父の後を継ぐのにふさわしくあるためにも、それ相応の努力をしてきた。
帝王学は勿論、自衛のための剣術、さまざまな国に人脈を広げ、エリシアの病気を治す為に医学も積極的に学んだ。
それはもう休む暇もないくらいに。
しかし、人間には休息が必要である。
俺は過労で倒れ、溜まった仕事のせいで部下達に迷惑をかけ、家族にとても心配された。
そして、一週間の休暇を無理矢理押し付けられる事になったのだ。
だが、自分で言ってて虚しくなるけれど、ここ最近仕事漬けだった俺には急な休暇にするような趣味がなかった。
だから本当にきまぐれに、平民に紛れて城下の様子でも見てみようと思ったのだ。
「あら、お客様……いらっしゃいませ」
そこで出会ったのは濡鴉の髪に吸い込まれそうなほど綺麗なオブシディアンの双眸をもった13歳程の美少女だった。
彼女はカウンターで本を読んでいたらしく、手が小さいせいか、持っていた鈍色の本は実物よりも大きめに見えた。
「本日はどのような本をお探しでしょうか?」
まだ成人にもなっていなさそうなのにしっかりしている。
敬語を話すし、なにより手本のように整った発音だ。
どこかの貴族の娘なのだろうか?
「医療系の本はありますか?」
相手が敬語なので、つい敬語で返してしまった。
全く平民らしくないが、彼女はそれを気にしていないようだった。
よかった、応魔法具で髪色は変えているが、神の血を引いた証である金を持つ王族とバレると色々と厄介なのだ。
主に暗殺などで。
「三番の本棚の入り口側が主に医療関係のものになっています。上段と中段が病気名や治し方、予防法について。下段に薬草、薬、毒についての本を置いております」
彼女はまたも丁寧に説明してくれた。
この子1人でこの店を経営しているとは考えられないので、ほかに店長がいるのだろう。
確か何年か前来た時には老夫婦が営んでいた気がするが、彼らの孫なのだろうか。
その老夫婦も、育ちの良さが分かるほど丁寧な喋り方をしていた。
ありがとう、と礼を言って、三番と書かれたプレートが下げされている本棚に行くと、その品揃えの良さにも驚いた。
王宮の書庫にもそれなりに本は揃っているが、ここには交流が少ない西の島国や、人間との関わりを拒む竜人族、さらには魔国のものと思われる本があった。
正直に言おう、これはおかしい。
島国と魔国は妥協するとしても、竜人族は納得できない。
彼らは魔物のランクも高い森の奥地に住んでおり、自分達の領域に他人が侵入する事を嫌う種族だ。
本を仕入れるどころか、住処に入る事もできないし、そもそもたどり着く事が難しい。
もし、これが本当に竜人族の書いたものならば、その仕入れ方を是非とも知りたい。
「すまないが、店長はいるか」
先ほどの店員に声をかけた。
すると、彼女は困ったように笑う。
「私が店長なんですが……」
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
が、それも仕方がないだろう。
店を経営するにはまず成人の16歳をむかえていなければならないからだ。
店の責任者が変わるためには王にその書類を提出しなければならないので未成年が店長を務めるのは犯罪行為だ。
彼女は俺の考えている事を察したらしく、慌てて弁解を始めた。
「私、こんな外見ですけれど一応成人しているんすよ」
絶句した。