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「まぁ、よい」
ファナ様は視線を殿下から外す。
今までの緊張が少し和らいだのか、殿下の口から微かな溜息が零れたのが聞き取れた。
彼女の視線には本人が意識しなくとも、向けられる方は威圧感が凄いらしいのだ。
そして、それが今度は私の方に移る。
らしい、と先程言ったように私はその威圧をあまり感じない。
確かに、あからさまに機嫌が悪い人が同じ室内にいる時のような気まずい緊張感を感じるが、そんなものだ。
本で読んだような『まるで切っ先を喉に突きつけられているような圧迫感』など、神様方と出会ってから今までの三年間でも感じた事もない。
「お前も、ここではあまり騒ぐな。何をしに来たのかは分かっているが、それは別にここに来なくてもできたはずであろう」
注意されました。
謝罪と了解の意味を込めて頭をもっと深く下げる。
声を出したいけれど、もしもレディオン殿下にバレたら絶対に無理矢理王宮に連れていかれて尋問されそうだからなぁ…。
先程も『分かっている』と言っていたようにファナ様は喋らない私に対して何も言わなかった。
「地の王子、こやつは私の知り合いだ。警戒することはない」
一回戦った後だから殿下も思うところがあるとは思いますが、先に剣を突きつけてきたのは彼からだから私は正当防衛ですよね。
「…分かりました」
殿下は躊躇いがちに頷いたが、それに納得した様子はなかった。
それでもファナ様はそんな事は気にせずに、また言葉を続ける。
「それと、エリシア・リンド・リア・レキルスの病気が治ったそうだな。少し様子を見させてもらうぞ」
そして言うやいなや跪いたままの私のフードを掴み、自分の方向に引き寄せた。
結構な強さで首が締まったが、ファナ様はもちろんそんな事などはお構いなしだ。
「王子、これももらっていくぞ」
“これ”って扱い酷くないですか?
周りの景色が一瞬で変わる。
緑溢れるものから、豪華な室内に。
恐らく、というか絶対だが、ファナ様が移動魔法的なものをしたからだろう。
的なもの、と言うのは彼女達神の名のつくものは魔力を使わずに世界に干渉して、こういった現象を起こす事ができるからだ。
故に魔法ではない。
移動する直前に見えたのは、驚愕の表情のレディオン殿下。
そしてその肩越しに、私がここに来る原因となった黒猫がこちらを向いて、
まるで煙のように空気に溶けて消えていくシーンだった。