閑話 4-受付嬢の心境
「すごいな、ネリー。街はエリシア様一色だ」
「そうですね、お祖父様。私はまさかこんな聖女騒ぎになるとは思ってもみませんでした」
ガレストラにあるギルドの一室で、白髪交じりの年老いた爺と薄緑の髪をした若い女が、椅子に座って窓の方向を見ながら話していた。
その内容は、今ガレストラが賑わっている理由でもあるエリシア王女の難病が治った件についてだった。
「でも、どうして彼女にこの依頼を任せようと思ったんですか?お祖父様はあの子に会ったことはないでしょう」
ネリーがもうすっかり淋しくなった木々を窓越しに見ながら老人に聞いた。
それは彼女がこの話を聞いたときから疑問に思っていた事だった。
事の始まりは3週間前、王宮から秘密裏に依頼が届いたのが切欠だ。
内容はエリシア王女の一時の逃亡を手助けするというもので、ネリーはいくらなんでもこれは受けられない依頼だと思っていた。
見つかれば王女の誘拐と思われる仕事。
それに病気持ちの王女がもしも逃亡中に体調を崩して倒れてしまったら、そして亡くなってしまったら。
その責任は重すぎる。
冒険者になら尚更、そんな余裕などない。
そもそも王城に侵入する技術さえないだろう。
だからギルドマスターである目の前のお祖父様に提案したのだ。
これは断った方が良い、と。
ギルドは今や世界中にその根を伸ばした、なくてはならない大切な組織だ。
《地の王家》の理不尽な依頼を断っても大丈夫なくらいの経済力もある。
それに、これはギルド側のデメリットが大きすぎるのだ。
だが、祖父は依頼を受けた。
しかも本来ならば重要な依頼の時にはするはずの会議を開かぬままに受けさせる人間を決めた。
そして選ばれたのが、最近異例の早さでギルドランクを上げていっているシーナだ。
漆黒の美しい髪をもつ幼い印象の彼女は一見十代前半にも見えるが、なんと18歳らしい。
いったいどこにそんな力を隠しているのか、不思議に思う。
流石に危ないと思ったネリーはシーナに彼女の知らぬ間にチャンスを与えた。
今女性の間で取り合いになるほど人気のパティスの依頼をもし受けたら、お祖父様には彼女は他に依頼を受けていたために断られた、と説得をしよう。
私から言えば納得してもらえるかもしれないと思ったからだ。
それに、あの依頼は人に知られてはいけないものだから、一目見ただけでも強制的に依頼を受けなければならなくなる。
難しいが、それだけの事をしようと思うくらいネリーは笑顔が印象的なシーナの事を気に入っていたのだ。
だが彼女は何故かパティスの依頼を断り、エリシア王女の依頼を受け、挙句の果てに王女の原因不明であるはずの病を治した。
さらにどこからかエリシア王女が聖女だ、という噂がたち、このお祭り騒ぎだ。
本当に、彼女は何者なのだろうか。
調べようと思ったのだが、それを何故かお祖父様に止められてしまうのだ。
いったいお祖父様はシーナの何を知っているのだろうか。
そして彼女はいったい何を隠しているのか、全く検討がつかない。
ネリーはちらりと横目で祖父の方を見た。
老人は開いているのかどうかも分かりにくい目をさらに細めて、まるで懐かしむように先程のネリーの質問に答えた。
「お前には教えんよ」
ネリーはそれを不満に思い眉根をよせたが、いつもの調子の祖父に対して、もうこれ以上聞いても無駄だろうと溜息をついた。
窓の外では、いつのまにか真っ白な雪が降り始めていた。