2-5
エリシアはすぅすぅと寝息をたてていたため、死んではいないのだろう。
彼女をソファに下ろすと、私は部屋を見わたした。
エリシアの魔力が勢いよく溢れたお陰で、部屋の中はぐちゃぐちゃになっていた。
あちこちに本が投げだされ、硝子の破片があちこちに飛び、机上ではインクが盛大に零れている。
だが、こんなときも魔法があれば大丈夫。
魔法というのはイメージが大切だから、数時間前まで綺麗だった部屋を想像しながら瞬きをする。
すると、一瞬で部屋は元通りに。
この世界の人間は詠唱しなければ魔法は発動しないと信じこんでいるため毎回長ったらしい言葉を並べるが、実際はそんな事ないのだ。
まぁ、それ相応の魔力が必要になるのも確かだが、私には関係ない。
ふとエリシアの方を見て、起きたときに目が覚めるように柑橘系のジュースを用意しておこうと思い、キッチンに向かった。
_*____*_
5時。
だんだん外が暗くなってきた。
やばい、6時までに城に帰せれるかな、と思いながらエリシアの髪を撫でていると、彼女の長いまつげがピクリと揺れた。
驚いて手を止めると、エリシアの目がゆっくりと開いた。
中から見えたエメラルドの瞳は、状況を掴めずに左右に動いている。
それを見たとき、私も今まで緊張していたのだろう、糸が切れたように涙を流し始めてガバリとエリシアに抱きついた。
「よかったぁぁ~」
エリシアはそんな私に戸惑っているようだった。
それから暫くそんな姿勢が続いたが、我に返った私が慌てて体を離した事で終わる。
すごく恥ずかしい。
私の黒歴史が一件追加された。
エリシアとは反対側のソファに座り、起き上がった彼女にジュースを飲むよう勧めた。
「さて、エリシア体は大丈夫?」
ジュースを一口飲んだ彼女に聞く。
エリシアは頷きながら答えた。
「うん、大丈夫」
「どこも痛くない?」
「うん、どこも……あれ?どこも痛くない。なんで?」
エリシアは不思議そうに自分の体を見る。
その様子だと、薬はちゃんと効いたみたいだ。
クリエッタ病の症状の1つに患者は常に体の何処かに痛みを感じる、というものがある。
痛みを感じないという事は病気が治ったという事だ。
だが、それだと少しエリシアに言わなければならない事がある。
「エリシア、確か依頼の報酬は話し合いで決めるはずよね」
「うん」
「私は報酬を受け取らない代わりに、貴方に黙ってもらいたい事があるの」
私は人差し指を立てる。
「絶対に私の事を他人に話さないで」
言葉に力を入れたせいか、エリシアの肩が恐怖で揺れた。
そしてコクコクと何度も頷く。
…そんなに冷や汗流すほど怖かった?
軽くショックを受けた。
_*____*_
その日、王都での会話は1つの話題で埋め尽くされていた。
エリシア第一王女の病気が治った。
だが、何故治ったのかは分からないらしい。
ある人は言う。
魔の森にすむ不老不死の魔女が気まぐれに治したのだ。
それに他の人は言う。
いや、神竜様が治してくれたのだろう。
他にも王女が自力で治した、実は病気だった事は嘘だった、などいろいろあったが最終的に残ったのは、神様が治してくれた説である。
どこから広まったのかは分からないが、彼女の病気は神が治した、エリシア第一王女は神様に愛された子である。
そんな噂が幅広く、国外までにも広がった。
エリシアの魔力量が常人の数倍高い事もそれを手伝っているのだろう。
とにかく、今のガレストラではエリシア王女は聖女扱いされている。