商品券
透明な糸で繋がれているみたいだ。
この世界から。この自分から。
向かい合わせに座るとなんだか緊張する。
向かいに座っている人がだれであろうと。
今、私の目の前には「新藤さん」が座っている。私が頼んだ商品券を綺麗な花柄の封筒に入れて、それをまた綺麗な花柄の包装紙で包んでいるところだ。だれがどう見たって、そう、過剰包装。
およそ三分前、新藤さんは私に包装の方法の選択をせまってきた。
私は、すぐに適切な判断ができないくせにすぐに返答をしたがるという厄介な癖を持っている。
しかし当然、新藤さんは私の厄介な癖を知っているわけもなく、今、花柄の封筒を花柄の包装紙で包むという暴挙ともいうべき命令に黙々と従ってくれている。
私は三分前の自分を猛烈に反省しつつ、しかし新藤さんに謝罪と訂正の言葉を述べるわけでもなく、彼女の手元をただじっと見つめている。手元、というか、新藤さんが折り目を付けていく包装紙を見つめている。
でもすぐに、きちんと折りたたまれていく包装紙を見つめていると、なんだか胸の奥のほうが苦しいような切ないようなくすぐったいような感覚になって、私はそっと目を閉じた。
「一つずつ、小分けの袋をおつけしましょうか?」
少しクセのあるメゾソプラノの声に気づいて、私は下に向けていた顔の位置を元に戻した。
新藤さんの手によって包まれ終わった商品券たちは、三つきちんと並んでいた。
「ああ、そうですね、お願いします。」
また、考えもなしに過剰包装の注文をしてしまった。
新藤さんはカウンターの下から紙袋を3枚取り出して、一つづつ丁寧に入れていく。
ふと、この人は何を考えながらこんなことをしているのかと思う。
何を考えながら、私の注文した商品券を包んでいたのだろうかと思う。
結婚はしているんだろうか、子供はいるんだろうか、いるとしたら何歳なんだろうか、
今日の夕飯は何にするんだろうか、休日は何をして過ごすんだろうか、
好きな芸能人は誰なんだろうか、どんな音楽を聴くんだろうか。
彼女の人生を、私は見ることはない。
大型百貨店の最上階のカウンターで、商品券を包んでもらうことが、唯一彼女の人生に私が触れる瞬間なのだ。
だけどその感触は、私はすぐに忘れるだろうし、彼女も私よりすぐに忘れるだろう。
そんなことを考えながら、わたしは新藤さんの前に座っている。
どんなことを考えながら、新藤さんは私の前に座っているのだろう。
少なくとも、私がこんなことを考えているなんて思ってもいないだろう。
「またのご利用をお待ちしております。」
綺麗な角度で曲げられた背中を後にして、私は百貨店のエレベータに乗り込んだ。
手には、花柄の紙袋がある。
また苦しいような気持になって、そっと目を閉じた。
透明の糸で繋がれているとしたら、
その糸はほかの誰かの糸とも繋がったりほどけたりするんだろうか。
するといい、と思う。
そうでもしなかったら、私と新藤さんは会っても会わなくてもどっちでもいいといわれているみたいだ。
私の人生の上で私が出会う人たちは、だれでもいいと、いわれているみたいだ。
”チン”と到着の音がして、そっと目を開けた。
紙袋を握りなおして、外へ踏み出す。
だれと繋がっているかわからない透明の糸を引きずって、私はまた、誰かに出会いに行く。