第四話「被害報告」
「痛くしないから・・・・」
私に近づいてくる一人の男。後ろは壁で、これ以上逃げるのは不可能だ。
いや、来ないで・・・・来ないで!
「そんなに怖がらないで、ひなたちゃん」
誰か、誰か助けて! お父さん! お母さん! 助けて!
迫ってくる男の手。それが私の体に触れる。
「だからほら・・・・」
「いやぁぁぁぁ!」
「はっ・・・・はぁはぁ・・・・」
嫌な夢見たな・・・・気分悪い。
「今何時・・・・」
時計の針は5時59分を指していた。ちょうどいい時間に起きたな。
何がちょうどいいのかと言うと・・・・。
ほら聞こえてきた。階段を走って上がって来る音が。
その足音は私の部屋の前で止まって、扉が開く。
「ぐっーもーにん! ひっなたーー!」
私に向かって、勢いよく飛び込んでくるそいつに顔に、
「ふんっ」
「ふぼっ!」
蹴りを入れてやった。
「父親に蹴りをいれるなんて・・・・この親不孝者!」
「朝っぱらからうるさい。毎朝のように娘の部屋に入ってくるな、この変態クソオヤジ」
「小学校の頃は、こんなに口は悪くなかったのに・・・・どこで育て方間違ったんだろうな?」
「うるさいなぁ・・・・母さぁーん! バカが――――」
「こら、湊を呼ぶんじゃ――――」
「もういるっつーの。で、何してるんだ、テメェは・・・・」
「み、湊・・・・いや、これは、その・・・・」
流石、元ヤン。その迫力は、いまだに顕在か。
「ごめんね、ひなた。この変態は、ちゃんとお仕置きしておくから」
「うん」
そう言って変態父親を引きずって、部屋から出ていく母さん。
あのまま階段も降りるんだろうな・・・・やっぱり悲鳴が。
「はぁ・・・・さっさと着替えよ」
いつも思うんだけど、ウチの両親どうやって知り合ったんだろ?
あの変態父親は変態を覗けば、ただの一般人だし。母さんは、確かドがつくほどの不良少女で、超問題児だったって言ってたはず。
うーん・・・・謎だ。どう考えても、接点が見つからない。
まぁ、気にしてもしょうがないか。
私が着替えて行くと、ボコボコにされた変態が正座させられていた。
「・・・・・・・・ねぇ、母さん」
「どうしたの、ひなた? ご飯なら出来てるわよ」
「そうじゃなくて、コンクリのブロックある? これの太股の上に、5、6個ほど置いてやりたいんだけど」
後ろで何か鳴き声が聞こえるが、知るものか。全てこいつが悪い。
「大丈夫よ。今日から一週間、ひなたに触ろうとしたら殴るから」
「・・・・一応殺さないでね?」
「ひなた・・・・」
嬉しそうな声を上げているが、何かを勘違いしてるな。
「私が心配してるのは、母さんが人殺しになること」
「じゃ、じゃあ、父さんの心配は?」
「してない。する気がない。しても、私の得にはならないから」
直後大鳴きを始めた。
ほんと、朝からうるさいなぁ・・・・あの口縫ってやりたい。
私が朝食を食べ終わった頃には、完全に機嫌を直して母さんとイチャついてた。
この二人、何だかんだで仲がいいからなぁ。
「じゃあ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、ひなた」
「うん」
「あ、ひなた。ちょっといいか?」
私がドアノブに手をかけた所で、父さんが声をかけてきた。
「何?」
「今年は行くんだよな?」
「どこに?」
「親戚の集まり」
突然、フラッシュバックする今日見た夢の内容。
せっかく忘れてたのに・・・・。
「う、うん・・・・今年は、行く」
行きたくないけど、行かないと・・・・。今年は行くって約束だから。
「わかった。それじゃ気を付けてな」
「・・・・うん」
朝からテンションが下がる・・・・。帰ってからでもよかったろうに。
あのクソオヤジ。
まぁ悔やんでても仕方ないし、学校行こ。
あの日から休みを挟んで、今日で調度一週間経つけど、これも飽きないな。
「おはよう、ひなた」
「うっ――――」
「おはよう、結衣。今日はいないんだ」
「う、うるさいっ!」
「うるさいのはお前だ、結衣。朝から叫ぶな」
たくっ・・・・こっちは機嫌が悪いってのに。
「ひなた、どうした?」
「黙れ、ゴミムシ。お前がいるから機嫌が悪いだけだ」
「それならいいけどさ」
こいつは頭がおかしいのか? 何で自分のせいで機嫌が悪いと、それならいいですむんだ?
訳がわからんない。
「ねぇ、ひなた」
歩き始めると同時に、私だけにしか聞こえないよう、結衣が話しかけてきた。
「何?」
「何で暁の好意、素直に受け取らないわけ? 友達くらいいいじゃない」
「それは・・・・」
言えない・・・・言えるわけがない、あんなこと。
「あいつが対象じゃないから」
「それにしたって――――」
「うるさいなぁ・・・・抉り取るよ、その口」
「あんたならやりかねないから、これ以上は言わないことにするわ」
初めからそうしてればいいんだ。
さて、一週間というのは短いようで、割りと長い。
一週間あれば大抵のことは準備が出来る。旅行の準備だったり、テストの準備だったりと。
私が何を言いたいのかと言うと・・・・、
「ん?」
下駄箱を開けたところで、上履きの中に何か光るものを見つけた。
すぐに答えは分かったけど。
「・・・・」
画鋲が入っていた。
誰だ? こんなガキ臭いイタズラをする、ゴミムシどもは。まぁ、結衣ではないことは確実だ。
昨日は帰りに別れるまでずっと一緒にいたし、長い間付き合ってるから、こんなくだらないマネをするような奴じゃない。
「どうかした・・・・って、画鋲!?」
「・・・・お前か?」
「何で俺が、好きな娘の上履きの中に画鋲を入れなきゃならない。そんなメリット、俺にはないよ」
まぁ確かにそうかもしれない。
私を好きなどと、アホなことを公言しているのだから、そんなことをしていたら人間性から否定してやる。
「画鋲、ねぇ・・・・」
「結衣? まさか心当たりでもあるの?」
「あるにはあるけど・・・・確信がないからなぁ」
確信がない。それはそれで、犯人だと言いにくいだろう。
「あっそ」
「えっ、いいの? 犯人見つけないでさ」
「この程度のことで犯人探ししてたら、これから先どうする。何かある度に、わざわざ犯人探しするのか?」
「それはそうだけど・・・・」
「だからいいの。それに、これくらいで実害があったわけでもないし」
「そっか。ならいいけど」
って、よく考えたら私は誰と話してるんだ?
今の声結衣じゃない。ということは、必然的にこいつになる。
「どうしたんだ、ひなた?」
「黙れ。私に向かって二酸化炭素を吐くな」
「それって呼吸するなってこと!?」
「それ以外にどういう意味がある。そう聞こえなかったらんなら、どう聞こえたか説明してみろ。三文字以内で」
私が言いたかったこと、分かってくれただろうか?
分かってくれなくてもいいけどね。こんなもの、後付けでしかないから。
「へぇ・・・・こんなくだらないことに、時間を割くバカって本当にいるんだね」
「何のこ・・・・何よこれ!?」
「さぁ? 昨日、私が帰るときには何ともなかったから、その後なんじゃない」
私の教科書が見るも無惨な姿に・・・・穴が開けられ、破られ、汚され。
これを使うのは無理か。
でもこれはさすがに、ムカつくねぇ。犯人が誰だか知らないけどさ。
「ひ、ひなた?」
「このこと、誰にも言ったらダメだよ。それと、色々と調べてくれる? 出来る限りでいいからさ」
「本当に出来る限りよ。もしかしたら、犯人がわかんないかも」
「いいよ、それでも」
「分かったわ」
そこでタイミングよく教師が入ってきて、この話は終わった。
「ひなた。今日もいいよね」
「近寄るな。というか、いい加減に昼休憩になったら、真っ先に私の所に来るの止め――――」
「嫌だ。それだけは、ひなたが何といっても止めないから」
「・・・・しつこい男は嫌われるって、聞いたことない?」
「今のひなたには、そんな感情ないみたから関係ないよ」
「チッ・・・・」
言い返せない自分に腹が立つ。
「いいわねぇ、ひなた。愛されてて」
「こっちは迷惑なだけ」
解決しないといけないことが、今朝見つかったのというのに。
私は鞄ごと手に取り、教室から出た。これを教室に置いておいて、この中に入ってるゲームに何かあったら、マジで洒落にならない。
中庭に着いた私たちは、いつもと違って端の方に座った。
理由は、朝のことについて話すから。
もし犯人や、それに近い人が聞いてたら面倒だからね。
「結衣。一つ聞きたいんだけど?」
「何?」
「あの画鋲を入れた犯人に、心当たりがあるんだよね。教えてくれない?」
「いいけど・・・・って、そういうことね」
何で私がそんなことを聞いたのか、結衣はすぐに理解してくれた。
何も言わなくても察してくれるのは、こちらとしても有難い。
「ひなた、犯人はどうでもいいって言ってたのに、どうしたの?」
「お前には関係ない」
そうこいつには関係ない。
私はそう思っていたけど、
「そうとも言い切れないのよね」
「はぁっ!?」
「俺も関係あるの!?」
「もしかしたらだけどね。だから、一応でも話しておいても損はないと思うわよ」
「・・・・わかった。言いたくないけど教えてやるから、一言一句聞き漏らすなよ」
その言葉にこいつは、コクコクと首を振る。
「私が机の中に入れてた教科書類、全部を使い物にならなくされた。今のところ犯人は不明」
これ以上ないってくらい、分かりやすく説明してやった。
これで理解できなかったら、こいつは日本人じゃない。
「・・・・それって俺に関係ないだろ」
「あるのよ。いや、あるかもしれない、の方が正解ね。もしかしたら犯人、あんたのファンクラブの娘達かもしれないんだから」
ファンクラブ・・・・そんな物が、実際に存在してたんだ。
「って、こいつにファンクラブ? こんな、ミジンコ以下に?」
「あんたならそう言うと思ったわよ。こいつや西岡先輩のこと、全く知らなかったんだから」
「西岡先輩・・・・誰だっけ、それ」
ズッコケた結衣。
隣にいるこいつも、苦笑いを浮かべていた。
「暁が告白した前の日の放課後に、ひなたに告白した人」
「・・・・」
こいつが告白した前の日・・・・。
「あぁ、何かいたなそんなの」
「興味ないと忘れやすいってレベルじゃないわよ、それ」
「だってどうでもいいから」
「どうでもいいわりには、俺のことは忘れないよな」
「お前が私のとこに来なくなったら、すぐに忘れてやる」
「それは困るから、毎日来るよ」
来なくていいって言ってるのが、こいつには分からないらしい。
これだけは分かってほしかったんだけど。
「で、何だったっけ?」
「暁のファンクラブのこと」「そうそう。何でこいつなんかに、ファンクラブなんてものが存在するのか聞きたかったんだ」
「だってこいつ、西岡先輩並の有名人だから。去年の文化祭のミスターコンテストに、クラス代表で出て優勝は逃したものの、準優勝してるのよ。そんなのにファンクラブが出来ないはずがないでしょ」
「物好きな女子もいるもんだ」
こんなののどこがいいのか・・・・理解に苦しむ。
「でもなぁ・・・・一応、犯人かもしれないとは言ったけど、可能性がゼロじゃないだけで、ほぼゼロなのよね。彼女達」
「それでも一応頼むよ、結衣。それとお前も。話を聞いたんだから、無関係とは言わせない」
「わかった。俺も調べてみる」
さて、犯人探しは結衣達に任せるとして、こっちはこっちで準備しますか。