第八話 貴族令嬢の仮面
「余が、全てを知っていたと、申すのか?」
苛立ちと不快感を隠そうともせず、そう尋ねてくる国王陛下に、私は笑みを浮かべたまま続けた。
「私が、何も知らない無知な子供だと、国王陛下は仰るのですか? もし、そう考えておられるのなら、愚かですね。……未来の国王、王妃になられるかもしれない方が通われる学園に、なんの護衛もなしに登園させるわけないでしょう。田舎者の私でも、それぐらい分かりますわ。必ず、王族子飼いの影なり、公爵家の子飼いなり護衛が付いていたはずです。彼らは基本嘘は吐きません。……国王陛下、彼らから報告を受けていたのでは?」
「それは……」
(言い淀む事が、既に肯定していると同じなのに)
「国王陛下は、リアス様が虐めをしていない事を、子飼いから聞いて知っていたのですね。だから、リアス様が聖獣様に誓ってと申された時、調べもせずに肯定した。普通なら、きちんと調べなければならない案件なのに」
「それがいががした。さすがに、口が過ぎるぞ」
(開き直ったわね)
国王陛下の口調に苛立ちが混じる。顔も一段と険しくなり、眉間に皺を寄せていた。
「じゃあ、誰が、私にあんな酷い事をしたのよ!?」
空気を読まないマリアが、いきなり会話に割り込んで来た。
(煩いわね。水を差さないでよ)
訊くまでもないでしょ。そんなの、マリアが手を出した子息の婚約者達だと思うけど。
イラッとした私は、冷たい声と口調で、マリアに警告する。
「それは、全てが終わった後で、国王陛下に尋ねられたらどうです? なので、今は少し黙っていてくれますか? 次、口を開くなら、強制的に猿轡を噛ませますよ」
私が本気だと気付いたようで、さすがのマリアも、大人しく口を閉ざした。小さく頷いている 彼女も、何かおかしいと薄々気付いているようね。だってそうでしょ。一伯爵令嬢が、国王陛下と対等に話しているのだから。
私はマリアから視線を外し、再度、国王陛下と対峙する。
(再開しましょうか。そろそろ、メイン料理を出せるまで進んだと思うし)
「……そうですか。私としては、これでもかなり、抑えて話しているつもりですが……国王陛下、否定なされないと言う事は、肯定だと受けってよろしいのですね。ならば、当然、〈聖なる乙女〉の事についても、耳にしておりますよね」
私がそうはっきりと口にすると、第一王女殿下と第二王女殿下の左手が、右手の甲を隠すように重なる。二人共手袋をしているのに。
(なるほどね。やっぱり、私の勘は当たっていたみたいね。嬉しくないけど)
「耳にしておる。左腕に痣が表れたとな。そうそう、我が王女二人共痣が表れたのだ。めでたい事ではないか!! 〈聖なる乙女〉の候補が増えたのだぞ。この国は、より一層発展し繁栄が続くのだ。そう思わないか? ミネリア様」
開き直った国王陛下は、下卑た醜い笑みをうかべながら言い放った。
それが、最悪な結末に導く鍵であり、今から始まる地獄の幕開けとは知らないで――
「陛下!! ご自身が何を言っているのか、分かっておいでですか!? 気でも触れましたか!? そうだ、陛下は具合が悪い。今すぐ陛下達を奥に!!」
完全に顔色を失った宰相様が、慌てて、この場から国王陛下達を下がらせようとしたが、もう遅い。
(一度吐き出された言葉は、無しにはならないの。国王なら尚更ね)
「宰相様、国王陛下が一度口にした事を、家臣である貴方が取り消せると、本気でお考えでしょうか?」
(絶対に逃さない)
宰相様はこの時、自分が影から護って来た国の行く末が目に浮かんだのね、その場に崩れ落ちる事はなかったけど、完全に茫然自失の状態になっている。そんな状態の彼を、リアス様がすぐ傍に立ち支えていた。
それにしても、前々から、国王陛下や王妃殿下達が、私の事を嫌っていたのは知っていたし、排除しようと動いていたのも知っている。仲良くしようとも思わなかったし、私から歩み寄ろうとはしなかったから、彼らにとっては面白くなかったでしょうね。
学園を卒業したら、領地に籠もる事を許可したのも、排除したいがためでしょ。卒業までに、何かしら仕掛けてくるとは思っていたけど……まさか、ここまで愚かだとは思わなかったわ。
最悪な選択をしたのだから――
偽狸というか、見せ掛けだけの腹黒というか……私から見れば、ただの道化よね。さすが、あの馬鹿王子の親だわ。血の繋がりの濃さが半端ない。
国王陛下がそう仰るのなら、私が言うべき台詞は一つしかない。
「それが本物ならば、ですわ。国王陛下」
私は扇を閉じると、にっこりと微笑む。でも、目は少しも笑ってはいない。
パーティー会場は水を打ったかのように静まり返った。
「無礼だぞ!!」
顔を真っ赤にしながら、国王陛下が怒鳴る。
「言葉が過ぎますよ、ミネリア様!! 何故、国の吉事を素直に喜べないのです!! 自分に魅力がないのは、自分のせいでしょう。そのような心の狭さでは、聖獣様をお預け出来ませんわ!!」
続けて、王妃殿下のヒステリーが炸裂した。
あまりにも頓珍漢な国王陛下と王妃殿下の怒鳴り声に、私は抑えていた笑いが止まらなくなった。静まり返っているパーティー会場に、私の笑い声が響く。
パーティー会場にいる者は、王族を含め、誰も私の笑いを咎める事なく、固まったように私を凝視する。
ひとしきり笑った後、私は貴族令嬢の仮面を自ら外した。
それが、地獄の始まりだと気付いているのは、宰相様とリアス様だけだった――




