第五話 起死回生を狙ったようだけど
学園一の強さを自負していた騎士団長の三男坊は、イシリス様に背中を踏まれて、見事に蛙になりました。拍手。
「この俺に!! 騎士団長の息子である俺に!! 許さんぞ!! その足を退けろ!!」
イシリス様が微妙な力加減が出来ているから、怒鳴れるのだと、この蛙さんは知らないのね。下手したら、踏み潰されて絶命している可能性も高かったのに。
(下から睨み付けられても怖くないわ。蛙ならゲコゲコと鳴きなさいよ)
そう口に出すより早く、イシリス様の怒号が飛ぶ。
「うっせーぞ!! 下等な蛙如きが、俺に指図するんじゃねーよ!!」
吐き捨てながら、ゲシゲシと蛙の背中を踏み付けている。その度に、蛙はグエグエって鳴いてるわ。蛙らしくなったわね。
(久し振りですね、素のイシリス様を見るのは)
かなりのご立腹の様子だわ。私と初めて会った時も、この話し方だった。でも、私が貴族令嬢だから、話し方を直してくれたのよ。本当、私は大切にされ、愛されてるって実感するわ。
勿論、私もイシリス様が大切だし、愛しているわ。
「……大丈夫ですか? ミネリア様」
リアス様が若干引きながら尋ねてきた。
「リアス様は、本当にお優しい方ですね。あのような蛙にも、慈悲の心を掛けられるとは。大丈夫ですよ。怒りで素が出ていますけど、殺しはしないくらいには平静を保っておられますから、私の婚約者です」
ニコッと微笑むと、リアス様は納得してくれた。そもそも、イシリス様がなさる事を、リアス様が止める事は出来ませんからね。勿論、私も止める気、更々ないわ。
「貴様ら〜〜!! アルトを放せ!!」
馬鹿王子が真っ赤な顔をして、一番の大声で怒鳴る。
「酷い!! アルト君を放して!!」
聖なる乙女(仮)のマリアさんが蛙を庇おうと身を投げ出す。イシリス様に触れようとした彼女は、そのまま彼に蹴飛ばされた。かなり手心を加えていたから、少しの打ち身で済んだ。
「「「「マリア!!」」」」
お腹を押さえ蹲ったマリアの傍に、馬鹿王子と馬鹿側近達は駆け寄る。
そして、次々に怒鳴った。
「無抵抗な女性に対して、なんたる非道!!」
(いやいや、貴方のお仲間が、先に仕掛けて来たよね。まぁ、今はどうでもいいけど。それにしても、国王陛下も王妃殿下も遅いわね。まさか……)
嫌な考えが頭を過る。
その間も、馬鹿王子たちからの罵声は続く。
「聖なる乙女に対し、許されぬ行為だと思いしれ!! 神に仇なす者共が!!」
(いや、それ、神官見習いの君だから)
「僕は許さないからね!! マリアを傷付けるなんて!! アルト、今助けてあげるよ」
魔法師師団長の息子で魔法の天才君は、あろうことが、このパーティー会場で上級魔法を放ってきた。最悪な行動だ。
逃げ惑う祝賀会の参加貴族達。
完全に、パーティー会場はパニック状態に陥った。
普段、冷静沈着なリアス様も、短い悲鳴を上げ私の腕に縋り付く。それを、イシリス様は面白くない様子で見ていた。
(相変わらず、焼き餅焼きなんだから。でも、それも嬉しいのだから、私も大概よね)
「これくらいは、我慢して下さいませ」
苦笑しながら言うと、イシリス様は渋々許してくれた。
「…………嘘だ……僕の魔法が、簡単に打ち消されるなんて……」
私との会話の最中に、イシリス様が寄って来た小バエを振り払うように、片手でいとも簡単に消したからね。
(その無駄に高い矜持もズタズタよね、いい気味)
「おい!! お前、脳みそ詰まってるのか!? こんな室内で、その魔法はねーだろ!! 関係ない奴まで殺す気か!?」
侮蔑と呆れが混じった目で、イシリス様は天才君を見下す。
「煩い!! 煩い!!」
地団駄を踏む天才君。
「まるで、駄々っ子のようですわね」
クスクスと笑いながら、私はその姿を呆れながら見ていた。
「この悪魔が!! もやは、お前らは人間じゃない!! 魔族だ!! その所業、恥ずかしくないのか。もはや、証拠など必要ない!! 聖なる乙女を虐げた罪で、貴様ら全員処刑だ!! 何をしている!! さっさと、奴らを捕まえろ!!」
パーティー会場にいた近衛騎士達に、馬鹿王子は私達を捕まえるよう命じた。
馬鹿王子に庇われているマリアは、ニンマリと嗤う。
(なるほどね。庇ったのはわざとか)
蹴飛ばされる事まで計算していたかは分からないけど、それさえ利用するなんて、強かな女だわ。さっきまで悪い流れだったのを、修正したってわけね。少々強引な気がするけど、起死回生を狙ったのね。残念、そう上手くはいかないわよ。
「止めなさい!!」
気丈にも、リアス様は近衛騎士達の前に身を投げ出す。マリアの笑みも深くなった。
「大丈夫ですわ、リアス様」
私はリアス様にそう声を掛けると、満面な笑みを浮かべた。
焦る事も顔色一つ変えない余裕な態度を見せる私に、マリアは訝しげな表情を見せた。そんなマリアの様子に気付かない馬鹿王子は、更に近衛騎士に向かって命じた。
「さっさと、捕縛しないか!!」
まさに、近衛騎士の手が私達に伸びようとした時だった。
「貴様ら、何をしているのだ!?」
パーティー会場に新たな怒号が響いた。
(残念ね、馬鹿王子。時間切れよ。それにしても、遅過ぎる。何、チンタラしてたのよ、全く。さっさと駆け付けなさいよね。自分の息子の不始末でしょうが)
少し前に浮かんだ不信感が、現実として濃厚になっていく。
もしかして、わざと遅れたの――




