第二十六話 新米王女殿下、友から拝まれる
小一時間掛かるとイシリス様は言っていたけど、実際はその半分で帰って来たわ。そのまま、その倍以上の時間浴室に籠もった。一度出て来たんだけど、かなり距離を取られて軽く説明した後、また浴室にとんぼ返り。どれだけ酷かったのよ。
軽く説明してくれた内容を要約すると、なんでも、イシリス様が恵んでやった少量の生肉と水を、ガリガリに痩せ細った屑達は我先に奪い合った。まぁ、そこまでは予想通り。
だけどそこで、イシリス様は致命傷を負うような攻撃をされたらしい。
それは、ズバリ、臭い攻撃。
屑達は風呂もろくに入ってないようで、悪臭をカバーするために、大量の香水を原液のまま振り掛けていたそうよ。汚物の臭いプラス大量の香水。汗の臭いも混じって、イシリス様にとって、その臭い自体が地獄だったらしい。
「まさに、地獄絵図だな……」
想像してしまったのか、盛大に顔を引き攣らせながら、お父様は感想をぽつりと呟く。ラリーお兄様も似た表情をしていた。直接見なくて正解だった。
「今、地獄を味わってるのはイシリス様ですけどね」
(あ〜もう、私があんな事言わなかったら)
悔いても遅い。
涙目で鼻を押さえていた。もしかして、鼻が麻痺したのかもしれない。ほら、大きな音の中にいると、暫く、耳が遠くなるような感じ。
取り敢えず、私はお父様とラリーお兄様の許可をとって、自室に戻った。イシリス様は、いつも私の部屋のお風呂を使うから。
(ほんと、イシリス様には悪い事をしてしまったわ。今日は念入りにプラッシングしてあげなないと)
ブラッシング用品を用意して、イシリス様がお風呂から出て来るのを待っていると、誰かが部屋の扉をノックする。
立ち上がり扉を開けると、リアス様が廊下で立っていた。
「どうかしましたか? リアス様」
部屋に招き入れると、侍女に紅茶を淹れるように命じた。
リアス様は椅子に座ると、少し迷いながらも口を開く。
「……ミネリア王女殿下、父から聞きました。王国から書簡が届いたと」
そう言えば、あの場に宰相様いたわね。青い顔で部屋の隅に避難してたわ。直接聞いたのなら、全部聞いているわね。宰相様は下手に隠すような事を嫌うから。
(でも、その後の話はどうなの? 触れない方が無難ね)
「ああ、あの馬鹿げた書簡ね。リアス様が気にする事ではありませんわ。もう完全に、あの国とは決別しているのですから」
私はいらぬ心配をリアス様に抱かせないよう、微笑みながら答える。
「しかし……」
リアス様は納得していない。
「リアス様、これはもう、王国間での問題ですわ。モリアス様もリアス様も、もうベルケイド王国の民なのです。我々、王族が民を護るのは当然の事。なので、リアス様が気になさる事は、何一つないのです」
(……ん? あれ?)
反応がない。それ何処か、当たり前の事を言っただけなのに、何故か拝むように両手を組んで、涙目になってるよ。
「私のような者に、そのようなお言葉を……ありがとうございます、ミネリア王女殿下」
(ような者って、前々から思ってたけど、リアス様って自己評価低過ぎるわ)
元筆頭公爵令嬢だったのに。
「いやいや、何感動していますの? 当然の事ではありませんか」
私がそう答えると、リアス様はますます感動にうち震える。反対に、私は違和感が増していく。
「そのような優しいお言葉、私は聞いた事がありません」
(モリアス様は?)
なんかモヤモヤする。まぁ、気持ちは分かるわよ。あの屑共が他人を気遣う事など言うわけないから。掛けるとしたら、自分の欲が絡んだ時だけでしょ。そんな奴らが、毛嫌いしている元婚約者を気遣う事なんて絶対にない。少しでも、他人を気遣える人が王族内に一人でもいたら、全員が屑にはならなかっただろうし、創世神様やイシリス様に見限られる事もなかったと思う。
「リアス様、私は優しくはありませんわ。至極当然な事を言っているだけです。王国は違いましたが、そこを除く周辺諸国も、形こそは違いますが、皆、自国の民を大切に思っているのです。人は人財。我がベルケイド王国の家訓ですわ。人を宝だと思わなかったから、王国は滅びる事になったのです」
そこまで言って、何とか納得してくれたわ。安心したのか、リアス様は自室に戻った。
(そにしても、リアス様の自己評価の低さ、何とかしないといけないわね、これから先の事を考えたら)
イシリス様が風呂から出ていたら、少し相談してみよう。




