第十六話 新米王女殿下と閉ざされた扉
マナー教育の続きだけど、リアス様の顔色が優れなかったので、午後は急遽休みとなった。心配だけど、私が出来る事は何もないからね、静かに見守る事にしたわ。
とはいえ、別に寄り添ったりはしないから、空いた時間を利用して、私はイシリス様と一緒に、映像を見せるために執務室に向かう事にした。
「陛下、少しお時間を頂けますでしょうか?」
近衛騎士に促されて執務室に入室すると、私は書類に目を通しているお父様に声を掛けた。
独立して、さほど困らなくても、書類関係は何倍も増えたのよね。なので、毎日、朝から晩までずっとお父様は机にへばり付いている。だけど、宰相様のおかげで、仕事の効率が爆上がりしたと喜んでたわ。
その宰相様だけど、ゴホンと軽く咳をしてから目を逸らしている。ほんのり、耳が赤い。イシリス様に抱っこされたまま入室したからね。近衛騎士達は慣れてるから顔色は変えない。勿論、お父様からも注意はされないわよ。
これでも、自分で歩こうとしたのだけど、全身筋肉痛で唸っていたからね、有無を言わさず抱っこされたわ。ほんと、私に激甘なんだから。
「構わんぞ。丁度、区切りがいいからな」
お父様は書類から顔を上げた。控えていた執事が書類を受け取り下がる。
「モリアス様もおいででしたか、丁度よかったです」
正式に宰相の任に就いてるわけじゃないからね、いつまでも、宰相様と呼ぶわけにはいかないでしょ。まぁ近いうちに、宰相様と呼ぶようになると思うけどね。
「私に何か?」
宰相様が少し身構えながら尋ねてくる。
「実は、一緒に見て頂きたい物があるのです」
「……見て欲しい物ですか?」
にっこりと微笑みながら言ったら、少し警戒されたわ。
(何故?)
不思議に思っていた私を、優しくソファーに下ろしたイシリス様は、頭にキスをしてから、先程、リアス様の前でした事をする。
「ええ、今の元王国の様子です。……陛下、難民の数は私達が想像していたよりも、かなり少なくなりそうですわ」
甘い雰囲気とは正反対の内容に、お父様はスルー、宰相様は微妙な表情をしていた。
イシリス様の袖を軽く引っ張ると、彼は小さく頷き、お父様と宰相様に映像を見せる。映し出された映像に、宰相様は顔色をなくした。強者のお父様でさえ、厳しく険しい表情をしていた。
映し出されたのは、倒壊した神殿と瓦礫の上で民を襲う、魔物の姿。音声を流さないのは、イシリス様なりの優しさね。
「結界が壊れたのか……」
「はい、陛下。ベルケイド王国に戻る途中の落雷は、神殿と教会だと思われます。現に、元王国中の神殿、教会は町、村関係なく、全て破壊されています。創世神様の神罰でしょう」
余計な事は言わず、事実だけを報告する。
宰相様は口元を手で押さえ、吐き気を堪えていた。私はそれを冷めた目で見ていた。
(役所勤めには厳しい映像よね。でもね、その責任の一端は、間違いなく貴方にあるのよ)
「……酷い」
宰相様の口から漏れる言葉を聞き、私は咎めた。
「酷いですか……それを、貴方が仰るのですか? 確かに、民な馬鹿王族達のせいで、このようになってはいますが、全員というわけではありませんよ。よく見て下さい。襲われていない民もいるでしょう。彼らは、熱心な信者だったようですね。与えられる加護を当たり前だと思わず、感謝してきた者達ですわ」
宰相様は反論出来ずに黙り込む。
魔物は無差別で襲っているわけじゃない。といっても、大半が襲われているけどね。王族も腐っていたけど、民も腐っていた。
ただ、それだけ――
神を名乗る方々は平等よ。人族とは違い、一切の感情を挟まないから、罪の重さだけ見るの。そこに、年齢も性別も背景も関与しない。
誰よりも平等で、一番シビアだと思うわ。
「こらこら、あまりモリアス殿を虐めるな」
お父様に窘められた。でも、退出を促されなかったから、お父様も同じ考えよね。映像も流したままだし。
「そう、事実を述べただけだけど」
私の返答に、お父様は苦笑する。
「それで、王城はどうなっているんだ?」
お父様もそこが気になるみたいね。私もそう。私は再度イシリス様に視線を移し、小さく頷いた。イシリス様は映像を切り替える。
結界が張られたままの王城の入口に押し寄せる、血まみれの民。背後に迫る魔物の群れ。
あろうことか、王城の入口は頑丈な扉で閉ざされていた――




