22
夜の町を歩きながら、ユナは小さく言った。
「……探し方が、わかりません」
女性は歩みを緩めず、即座に答えた。
「気にするな。ついてきな」
わき目も振らず、大股で進んでいく。ユナは遅れないよう、小走りでその背を追った。
やがて女性は一軒の店の前で立ち止まり、扉を押し開けた。酒の匂いとざわめきが溢れ出る――飲み屋だった。
女性は迷いなくカウンターに向かい、店主に声をかける。
「新顔、見てないか?」
「……どんな奴だ?」
店主が眉をひそめる。
「ひげで顔がよくわからない男だとさ」
ユナから聞いた人相を、そのまま伝える。店主は少し考えた後、首を振った。
「俺は知らんが……おい」
カウンターで酒をあおっている男たちに声をかける。何人かに尋ねたが、返ってくるのは「知らない」
の一言ばかりだった。
その時だった。後から店に入ってきた男が、会話を耳にして口を開いた。
「ひげの男?それなら見たな。礼拝堂の前で立ってたぞ」
ユナと女性は、思わず顔を見合わせた。
「……行くよ」
女性はそう言って踵を返す。二人は店を飛び出し、夜の町を駆け抜けて、礼拝堂へと急いだ。
「あれかい?」
と、女性が低く言った。ユナは小さくうなずく。
「いいかい。おまえさんは、私の子供のふりをするんだ。何も言わなくていい」
そう言って、女性は迷いなくユナの手を取った。
――何をすればいいの?戸惑いながらも、ユナはとりあえず、その手をぎゅっと握り返す。
二人は並んで歩き出し、礼拝堂の前に立つガルドのすぐ脇を通り過ぎた。
すれ違いざま、女性は視線を向けることなく、低く何かを呟く。二人にしか聞こえない、大きさで。
……?
ユナが思わず振り返りそうになるのをこらえる間も、ガルドは動こうとしなかった。
やがて、女性とユナはそのまま距離を取り、
何事もなかったかのように、夜の闇の中へと通り過ぎていった。
女性とユナの姿が、完全に闇へ溶け込んだのを見届けてから、ガルドはようやく、深く息を吐いた。その吐息には、確かな安堵の色が混じっていた。
彼は一度だけ、二人が消えた方向を見やり、
それから静かに踵を返す。女性とユナが向かったのとは、逆の道へ。
足音を忍ばせ、夜の町を歩き出したガルドの背中は、やがて街灯の届かない闇の中に溶け、その姿もまた、夜に紛れて消えていった。
数刻後、町外れの風車小屋。
羽根は止まり、軋む音だけが時折、風に混じって鳴っていた。
「ここだよ」
女性が小声で言い、戸を二度、短く叩く。
一拍、間を置いてから、内側で足音がした。
きい、と戸が開く。そこに立っていたのは、背の大きな男だった。
深く被った外套、伸びたひげに隠れた顔――ガルドだ。
「……ユナ」
その名を口にした瞬間、張りつめていた空気が、わずかに緩んだ。
「ガルド……!」
ユナは思わず一歩踏み出した。
生きていた。目の前にいる。それだけで胸の奥が、きゅっと痛んだ。
「無事でよかった」
ガルドは低く言った。手を伸ばしかけ、途中で止める。その指先が、わずかに震えている。
「ごめんなさい」
ユナは言った。
「訳が、あったんだろ。その格好は?」
ガルドの問いに、ユナが何か言おうとした時。
「さてさて、感動の再会は後にしな」
女性が肩をすくめて言った。
「ここも安全じゃあない。長居は無用だよ」
ガルドは一瞬、女性を見た。その目に、驚きと理解が同時に浮かぶ。
「……あんたが」
「ああ。あたしだよ」
女性はにっと笑う。
「礼はいらない。村長の代わりってだけさ」
ガルドは小さく頭を下げた。それから、改めてユナを見る。
「逃げてるのか?」
「……」
ユナは首を立てに振った。
「行こう」
ガルドが言った。
「夜が明ける前に、町を出る」
女性は風車小屋の外を見やり、うなずく。
「東の森を抜けな。追っ手は西を探すはずだ」
三人は言葉少なに、動き出した。
闇の中で、ユナは気づかぬままだった。
胸の奥に眠る“何か”が、静かに目を覚ましつつあることを。




