12
ユナは、目を覚ました。
……ここは、どこだろう。
知らない天井。知らない壁。知らない、匂い。
ユナはしばらく、ぼんやりと天井を見つめていた。
――ガルドは?その名前が浮かんだ瞬間、現実が一気に押し寄せる。ユナは勢いよく、跳ね起きた。
「起きたの?」
声が、上から降ってきた。ユナは、はっとして振り返る。……知らない、女性。
「水だよ」
差し出された器を、ユナは警戒しながら見た。
「毒はないよ」
女性は苦笑して、自分で一口、水を飲んでみせる。そして、器をユナの手に渡した。
「……ありがとうございます」
ユナはそう言って、水を口に含んだ。冷たい水が、喉を通り、乾ききっていた身体の奥まで、ゆっくりと染み渡っていった。
「連れなら、大丈夫だよ。男衆が運んだ。あの怪我で、よく生きてるもんだ」
女性の言葉に、ユナは大きく息を吐いた。
「……何か、食べる?」
ユナは、静かに頷く。女性は部屋の隅に置いてあったお盆を持ち、ユナの前に置いた。
平たいパンのようなものに、干し肉、そして果物。
ユナはお盆を見てから、女性を見上げた。女性は、何も言わずに頷く。
ユナは、そっとパンに手を伸ばした。その様子を見届けてから、女性は音を立てないように部屋を出ていった。
部屋には、かすかなパンの匂いと、ユナの小さな呼吸だけが残った。
ガルドの傷は、深かった。完全に治るまで、時間がかかる。その間、ユナは村に留まり、手伝いをしながら日々を過ごした。
水汲み。畑仕事。家畜の世話。
頼まれたことは、何でもした。それは、かつていた村でも、当たり前にやってきたことだった。
労働の対価が、食事と、寝る場所。ユナにとって、それは、ごく普通のことだ。
村人たちは、ユナに感謝の言葉をかけた。
けれどユナは、首を振り、決まってこう言った。
「ガルドを、助けてもらいました。ありがとうございます」
そう言って、深く頭を下げる。村人たちは苦笑いを浮かべたが、ユナの表情は、どこまでも真剣だった。
それが、ユナの生き方だった。
ガルドの傷は癒え、歩けるようになった。
像は、他の場所にもある。旅は、ここで終わりではない。ガルドは村長のもとへ行き、別れの挨拶をした。
「悪いことをしたとは、思っていない」
村長は、静かに言った。
「ここなら、像は守られるだろう。強い守人が、いるからな」
ガルドの言葉に、村長は弱々しく首を振る。
「……今まではな。守りきれると、思っていた」
そう言って、村長は視線を逸らした。ユナが、女性たちに連れられていった方向を見る。……服が、あまりにもぼろぼろだったから。何か、着せたかったのだろう。
声が、聞こえた。
「もう、いいですから」
ユナはそう言いながら、家から出てきた。前と同じ、だぶついた長袖の服に、長ズボン。
けれど、髪は丁寧にとかされ、前髪は横に分けられている。
青い瞳が、ふと村長の視線に入った。
村長は、目を見開いた。
ユナは慌てて前髪をぐしゃぐしゃにして、顔を隠す。
「もう……逃げられたわ」
女性が、家の中から出てきて、ため息混じりに言った。
「……新しい服。ありがとうございます」
ユナはそう言って、ぺこりと頭を下げた。
村長は、深く息をついた。
「像は……君たちに、預けよう。だが、必ずもう一度、この村に来てほしい」
思いがけない言葉に、ガルドとユナは顔を見合わせた。
「しかし……」
ガルドが言いかけると、村長は首を振って遮った。
「必ずだ。この村へ戻ってくる。それが、条件だ」
理由は語られなかった。ユナにも、ガルドにも、その意味はわからない。
しばらくの沈黙の後、ガルドは小さく頷いた。
「わかった。ありがとう。約束は、守ろう」
そう言って、像を受け取る。村長は、その様子を見届けてから、ユナへと視線を移した。
薄汚れてはいるが、光を帯びた銀色の髪。
そして、時折のぞく、あの青い瞳。
この村の村長は、特殊だった。村長になる者は、前の村長から卓越した魔法使いの能力と同時に、記憶を受け継いできた。……村が始まってから、ずっと。
……あの、青。そして、銀色の髪。
影が、重なった。だが、村長は、それを言葉にしなかった。




