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この世界は、魔王と人間が終わりなき戦いを続ける異世界である。剣と魔法が存在し、争いの火種が絶えることはない。
そんな世界の片隅、とある村外れに、一人の赤子が捨てられていた。
赤子の名は――ユナ。
深い青色の瞳と、月光を思わせる銀色の髪を持つ、不思議な赤子だった。
その村は、古くからただひとつの神を守り続けてきた場所である。
決して豊かではないが、人々は信仰を拠り所に、細々と穏やかな暮らしを営んでいた。
村人たちは、村外れで見つかった赤子を見て胸を痛めた。あまりにも小さく、か弱い命。
「このままでは生きていけないだろう」
そう思った村人たちは、ユナを村へと迎え入れた。
ユナは村で育てられ、やがて村の一員として受け入れられていく。
畑仕事を手伝い、水汲みをし、神を祀る小さな社の掃除も欠かさなかった。村人の役に立とうと懸命に働くその姿は、誰の目にも健気に映った。
捨てられたはずの赤子は、静かな村の日常の中で居場所を見つけ、確かに生きていたのだった。
ユナが十歳になった年、それは突然やって来た。
最初に姿を現したのは、魔物たちだった。
獣のような唸り声を上げながら、村の外れから押し寄せてくる異形の群れ。
彼らが狙うのは、人間――それも、力の弱い者たちだった。
魔物は人間を喰らった。とりわけ女や子供を好み、容赦なく牙を剥く。
その現実を前に、村は一瞬にして恐怖に包まれた。
しかし、村人たちは逃げなかった。女と子供たちは村の中央へと集められ、男たちは剣を取り、魔法を構えた。守るべきものを背に、彼らは立ち向かったのだ。
ユナは、その光景を生まれて初めて目にした。
人が魔法を使って戦う姿。そして、「魔物」と呼ばれる存在が、確かな脅威としてそこにあること。
火球が飛び、刃が閃き、叫び声が夜空に響く。激しい戦いの末、村人たちは魔物たちを撃退した。
多少の怪我人は出たものの、村は――守りきったのだった。
だが、安堵の時間は長くは続かなかった。間を置かずして、今度は別の影が村へと近づいてくる。
それは、魔物ではない。剣を携え、鎧を身にまとった――人間たちだった。
その集団の中から、一際華美な鎧を身に纏った男が前へと進み出た。金と装飾で彩られた鎧は、村には不釣り合いなほど目立っていた。
「村長を出せ」
低く、命令するような声が響く。やがて村長が姿を現し、二人の間で押し殺したような言い争いが始まった。
何を話しているのかは聞き取れない。だが、その空気の張りつめ方だけで、ただ事ではないと分かった。
村人たちは不安そうに身を寄せ合った。一方で、鎧姿の男たちは剣に手を掛けることもなく、ただ無言で立ち尽くしている。
その静けさが、かえって恐ろしかった。
やがて、華美な鎧の男は踵を返した。それに従い、鎧姿の男たちも隊列を崩すことなく村を後にする。
彼らの背中が見えなくなるまで、誰も言葉を発することはできなかった。全てを見届けた後、村長は村人たちを集めた。
重く、沈んだ声で告げる。
「……我らが神を、奪いに来たのだ。恐らく、また来るだろう。各々、警戒を怠らぬようにしてくれ」
その言葉に、村にざわめきが広がる。
ユナには、その意味はよく分からなかった。
けれど、大人たちの表情が強ばり、空気が張り詰めていることだけは理解できた。
何かが、確実に変わろうとしている――
そんな予感だけが、幼い胸に残っていた。
村は警戒体制に入った。見張りが立ち、夜ごとに交代で火を焚き、村は息を潜めるように日々を過ごした。一日、二日と何事もなく時が流れ――二週間が過ぎた頃だった。
夜半、静寂を引き裂くように、村のあちこちから一斉に火の手が上がった。
炎が闇を照らし、悲鳴が夜空に響き渡る。
「子供を守れ!」
「水は、まだか!」
「誰だ!」
叫び声は次々と上がり、やがてそれは呻き声へと変わっていく。炎に照らされて浮かび上がったのは、鎧姿の人々だった。
かつて訪れた、あの者たち――。
混乱の中、村人たちは次々と倒れていった。
剣の音、魔法の閃光、血の匂い。恐怖が、村を飲み込んでいく。ユナは、神を祀る場所へと走った。
闇から闇へ、影を縫うように、ただ必死に。
理由は分からない。
けれど、神様を渡してはいけない――それだけは、はっきりと心にあった。
祀られていた神様は、小さな人の形をした像だった。ユナはそれを素早く手に取り、懐へと押し込む。
そして、迷うことなく走り出した。向かう先は、村の外――森の闇。
背後から、声が聞こえる。鎧の擦れる音、誰かの叫び。
だが、ユナは振り返らなかった。振り返ってしまえば、戻れなくなる気がしたから。
ユナはただ、闇の中へと走り続けた。




