第9話 冒険者としての初仕事
私たちがヘンダームへ来てから、半月が過ぎた。
指名依頼の髪留めは、無事に納品することができた。
オリビアさんによると依頼主は出来映えに大満足の様子で、もしかしたら追加で依頼があるかもしれないとのこと。
心を込めて作ったので、贈られた女の子にも気に入ってもらえたら嬉しい。
他の商品の売り上げも順調で、需要に対して供給が追いついていないほど。
商業ギルドのハリーさんが言っていたように、早く技術を世に広めるべきかもしれない。
ただし、弟子を取るのではなく手芸教室のような気軽な感じでやれたらと考えている。
◇◇◇
今日は、朝からヘンダームの冒険者ギルドに来ていた。
ずっと宿に引きこもって制作をしているので、たまには外へ出て体を動かさないと不健康になりそうだ。
というわけで、冒険者として初めて依頼を受けてみることにした。
領都の冒険者ギルドも建物はしっかりとした石造りで、トンポイよりも規模が大きい。
掲示板にも、たくさんの依頼票が貼り出されていた。
私はCランク冒険者なので、CランクもしくはDランクの依頼を受けることができる。
⦅ずっと貼り出されたままの依頼票は、人気がない依頼なんだね⦆
私に抱っこされているミケが呟く。
最初に説明を受けたように、不人気の依頼があるみたいだ。
人気がない理由は、依頼先が遠い、依頼金が安い、依頼内容が難しいものが多かった。
Cランク用の掲示板でも、二枚ほど紙が変色した依頼票が見える。
一つは、ヘンダーム近郊にある湖に住み着いた魔物の討伐。
もう一つは、その湖畔での薬草の採取だった。
どうやら、依頼人は同じようだ。
「この二つを一緒に受けようかな。移動の手間も省けるし」
⦅いいんじゃない。あそこは風光明媚な場所だから、良い気分転換になると思うよ⦆
ミケも賛成してくれたから、即決する。
私が受注すると言ったら、受付の人がとても喜んでくれた。
依頼品の薬草は、上級ポーションの素材となるようだ。
このまま誰も受注しなかったら、冒険者への指名依頼か騎士団への討伐要請も検討されていたとのこと。
◇
湖へは、馬車か馬に乗って向かうのが普通らしい。
歩くとなれば、半日がかりとのこと。
でも、私たちであれば問題なし。
飛行魔法ですぐに目的地に着くことができた。
ミケの言う通り、陽光に反射し青く光る水面が美しい湖を臨む風光明媚な場所なのだが、人は誰もいない。
理由は、湖畔に我が物顔で寝そべる大きな巨体。
この湖に住み着いてしまった魔物のせいだった。
全身を覆うゴツゴツとした鎧のような皮。
見た目はワニそのもので、正式名称も『レイククロコダイル』と言うらしい。
「ねえ、ミケちゃん。どう見ても、Cランク冒険者が討伐できる魔物じゃないと思うけど……」
⦅おそらく、以前は中型くらいだったと思うよ。討伐が先送りになっている間に、突然変異したのかもしれないね⦆
私たちは、上空から魔物の様子を窺っている。
大きな巨体だが動きはかなり俊敏とのことで、空から遠距離攻撃をすることにした。
⦅ボクに考えがあるから、高度を下げていって⦆
「わかった」
ミケの指示通り、ワニの視界に映るように高度を徐々に下げていく。
私たちに気づいたワニは、口を開けて突進してきた。
動きが本当に素早い。
地上にいたら、私の足では逃げ切れなかったかもしれない。
ミケがファイアーボールを一つ投げた。
これまでのテニスボールくらいの大きさのものよりも、ひと回りくらい大きい。
コントロールは完璧で、ファイアーボールは開いた口の中へ吸い込まれていく。
ボン!と音がして、口から煙を吹き出したワニは絶命した。
これが、瞬殺というのだろう。
「ミケちゃん、すごい!」
⦅この魔物の外皮は頑丈だから、風魔法でも何度も切らないといけない。だから、内側から攻撃したんだ⦆
「討伐証明に魔石を持ち帰らないといけないけど、取り出すのは大変そうだね」
まずはワニをひっくり返してからお腹を切って取り出すのだが、どう考えても無理だ。
⦅アイテムボックスに入れて、このまま持って帰ろう。魔石以外にも、素材として売れるものがあるかもしれないし⦆
「こんな大きいもの、入る?」
⦅入る、入る。大丈夫!⦆
持たずにどうやって収納するのかと思っていたら、アイテムボックスの口をワニに近づけて『収納!』と念じればいいらしい。
あんな大きな巨体が一瞬にして姿を消したときは、さすがにびっくりしたけど。
魔物の脅威がなくなった湖畔で、今度は薬草摘みを始める。
この作業はミケにはできないから、私が頑張って採取を行う。
ミケはお昼寝タイムだ。
しばらくの間誰も訪れていなかったため、薬草はたくさん生えている。
でも、依頼分だけを取り終えると、次の人たちのために残しておく。
本来ここは、低ランク冒険者たちの採取場所だ。
上級ポーションに使用される薬草は高値で買い取ってもらえるため、良い稼ぎ場なのだとか。
安全に採取できるようになったから、これから多くの冒険者がやって来ることだろう。
◇
これからも採取依頼を受けるなら、探知魔法が使えると便利かもしれない。なんて思いながら、町で買ってきた昼食を食べ、敷物代わりのレースの上に寝転がる。
ミケはすでに大の字になっているし、私も真似して手足を目一杯伸ばす。
静かな湖畔で流れる雲をボーっと眺めていたら、ラノベのスローライフっぽい。
ついウトウトと眠たく……
急にミケが飛び起きて、湖の方を見ている。
「ミケちゃん、急にどうし──」
そのとき、遠くから男性の悲鳴が聞こえた。
「おい、大丈夫か!」
「わ、私に構わず、逃げてください!!」
叫び声が響き渡った。




