第7話 呼び出し
トンポイのときと同じように、ギルドでお薦めの宿を紹介してもらう。
今回は長期滞在になるので、より快適性を重視したい。
防犯面が安心で、そこそこ小綺麗で、設備が整っていること。
従魔と一緒に泊まれることが条件だ。
食事は外で食べてもいいから、今回は重視しない。
ギルドを出て、紹介された宿へさっそく向かう。
ヘンダームはさすが領都だけあり、トンポイよりも都会だった。
大通り沿いには商店が立ち並び、馬車や人々が行き交っている。
トンポイでは冒険者が目立っていたが、ここは商人らしき人の姿もよく見かける。
歩行者が多いため、ミケは抱っこしている。
⦅リサ、ここじゃない?⦆
「たぶんそうだね」
商業ギルドから徒歩数分の場所にあったのは、石造りで三階建てのまるでビジネスホテルのような外観の宿だ。
中へ入ると天井が高い。エントランスが広々としている。
内装は、シティホテルといったところだろうか。
受付で、長期滞在を希望していることを伝える。
「一泊朝食付きで、銅貨六枚です。ひと月滞在されるのであれば、月払いのほうがお安くなっております」
一泊の料金がトンポイよりも銅貨一枚分高い。さすが領都だ。
ひと月分だと割引が適用され、料金は金貨一枚と銀貨七枚。
なかなかの金額だが、ワイバーンの代金から支払いを済ませる。
途中でお金が尽きて空の上で野宿とならないように、このひと月は腰を据えてレース編みに励みたいと思う。
◇◇◇
それから三日後、私は商業ギルドから呼び出しを受けていた。
宿から商業ギルドまでの道を、ミケを抱っこしながら歩いていく。
⦅呼び出されるなんて……リサ、何か悪いことでもしたの?⦆
「何もしてないよ! それに、なんで怒られる前提なの?」
⦅アハハ! 冗談だよ。リサは良い子だからね⦆
「ふふふ、ミケちゃんも良い子だよ」
そんなやり取りをしている間に、商業ギルドに着いた。
受付の女性に案内され二階の応接室で待っていると、オリビアさんと老年の男性がすぐにやって来た。
彼は商業ギルドのギルドマスターで、ハリーさんという。
「急にお呼び立てして、申し訳ありません。実は、リサさんに指名依頼が入りまして」
「指名依頼ですか?」
「先日、納品された商品をご覧になったお客様が、ぜひとも制作を依頼したいと」
作るのは十歳の女の子用の髪留めで、学園の入学祝いとのこと。
「意匠にはマルベリーを。糸はマルベリーシルクを使用していただきたいのです」
マルベリーは、たしか桑の実のことだったはず。
見せてもらった見本は、濃い紫色や赤紫色をした実だった。他に、赤色や白色のものもあるらしい。
マルベリーの見た目のつぶつぶ感や形は、ラズベリーによく似ている。
葉の形もできるだけ再現し周囲に飾ったら、素敵な一品になりそうだ。
「髪留めの土台は金属製で、シルク糸も含めすべてこちらで用意します。納期は一週間で、依頼料は金貨一枚です」
「き、金貨一枚……」
「こちらは指名料と技術料になります。それだけ、リサさんの腕を高く評価されているのですよ」
髪留め一つに金貨一枚とは。
そんな大金をポンと出せるのだから、依頼主は上流階級の人だろう。
「王都の学園で身に着けられるそうですから、リサさんの商品を他領の方に売り込む良い機会となるでしょう。ぜひ、依頼を受けていただけないでしょうか?」
「わかりました。心を込めて作らせていただきます」
「ありがとうございます。髪留めの土台はこれから発注しますが、シルク糸はすでに準備が整っております。必要数をお持ちください」
さすが、仕事のできる人は段取りが早い。
ギルドと契約を交わし、シルク糸を預かる。
色は実物のマルベリーに近い紫や赤紫、そして、赤や白もあった。
葉っぱ用の緑もある。
シルク糸は木綿と違い、手触りが滑らかで艶のある光沢が特徴だ。
これでモチーフを作れば、さぞかし高級感のある髪留めになるだろう。
土台の髪留めは、できあがるのに多少時間がかかるようだ。
せっかくなので、裏側の縫い目を隠す嵌め込み用の板もお願いしておいた。
「君へ少し質問があるのだが、いいだろうか?」
私に声をかけたのは、これまで黙って私たちのやり取りを眺めていたギルマスのハリーさんだ。
「はい、何でしょう?」
「この技術は、どこで培ったものなんだ? 師事している師でもいるのか?」
「これは……私の亡き祖母から学びました」
また、嘘をついてしまった。
祖母から手芸の手ほどきを受けたのは本当のことだが、レース編みに関しては本を読んだりSNSで調べたりした独学だ。
祖母が得意としていたのは刺繍で、私もそれなりにできる。
そこから派生して、レース編みに興味を持ったのだ。
「今から百年ほど前、一人の女性が『刺繍』という技術を世に広めた。私の師匠の師匠が『初めて刺繍を見たときの衝撃は、生涯忘れることはないだろう』と言っていたそうだ」
「それほど、当時としては革新的な技術だったのですね」
「私は、君の技術に同じような衝撃を受けている。この技術を受け継いでいる方は、他にもいるのだろうか?」
「いいえ、私だけです」
「おそらく一子相伝なのだろうが、万が一技術が途絶えてしまったら社会にとって大きな損失となる。すぐにとは言わないが、いずれは弟子を取り『刺繍』のように世に技術を広めてもらいたい……偉大なる聖女のように」
「聖女とは、デール帝国に実在したという……」
「『斑の眷属を従えし黒髪の乙女、世に新たな技術を広める』と伝承にも残っている。そういえば、君も黒髪で従魔を連れているな」
すごい偶然だなと、ハリーさんは笑っている。
私は膝の上にいるミケへ視線を向けたが、彼は終始知らん顔で昼寝をしていたのだった。




