第64話 副隊長の穏やかな時間(第一部、完結)
デール帝国での任務を終えたハワードたちは、サイエル王国へ帰るリサたちに同行していた。
「まるで、鳥になった気分だな……」
山を見下ろしながら、ハワードは呟く。
リサと知り合わなければ、空を飛べない自分には一生見ることのできなかった景色が広がっている。
「そのヒコウキという乗り物は、こんな上空を高速で飛ぶのか?」
ハワードはリサから、あちらの世界について様々な話を聞いた。
「今の速さは、地上を走るシンカンセンという乗り物と同じくらいですね。ヒコウキならもっと高いところを、この倍以上の速さで飛びます」
「まったく想像もできないな」
窃盗団の事件で伯爵領へ行ったときも、王都まで送ってもらったときも、ハワードにとっては未知の高さと速さだった。
しかし、上にはまだ上があった。
それでも、慣れとはおそろしいもので、すぐに順応した自分自身に驚いてしまう。
監視で常にレイと視覚を共有しているルオンは、乗ってすぐに寝転がったと思ったら、景色を楽しむこともなく今は気持ち良さそうに熟睡している。
そんな主の腹の上にのったままのレイは、リサからもらったおやつを食べており、ミケはいつもの定位置であるリサの膝の上で目を閉じていた。
でも、ミケが眠っていないことをハワードは知っている。
彼の耳はピンと立っており、常に音で周囲を警戒しているのがわかる。
ミケが突然起き上がり、リサに何かを伝えた。
レースの速度が落ちる。
何事かとハワードが見ていると、ワイバーンの群れに遭遇した。
ハワードが対応する前にワイバーンたちは切り刻まれ、次々と墜落していく。
しかも、討伐したのはリサではなくミケだという。
「ミケは聖獣なので、火魔法と風魔法が使えるんですよ。だから、ハワードさんみたいに空中も歩けるのです」
ワイバーンが出てきても編み物を続けていたリサが、ミケの頭をなでた。
「聖獣は、聖女の守護者なのだな」
「私が、のんびりしているからですね」
リサの危機感の無さを心配していたが、これだけ頼もしい護衛が傍にいればそうなってしまうのも仕方がないのだろう。
地上に落下したワイバーンから、リサが少量の肉と魔石と爪を回収した。
肉は、昼食として道中で焼いて食べるのだという。
そのために、ミケは火魔法を行使しなかったようだ。
「慣れたものだな」
「初めて帝国からサイエル王国へ向かったときも、同じことをしましたからね。ミケが切るまでをやってくれるから、助かります。私では、解体は絶対に無理ですから」
上空に戻り、再び飛行を再開する。
「できた!」
リサが声をあげた。
先ほどから道具を使わず指だけで編んでいた作品が出来上がったようだ。
「ハワードさん、ちょっとこれを髪に着けてもらえませんか? 男性用に試作品を作ったので、着けた見た目とか使用感を知りたいのです」
手渡されたのはシュシュだった。
使われている毛糸は少し細目のもので、女性用ほどモコモコしていない。
赤褐色の落ち着いた色だ。
使い方がわからないハワードは、リサに教えられながら髪を縛る。
髪紐と違い収縮するため、使い勝手が良い。
髪を素早く縛りたいときに非常に便利だと、感想を述べる。
「では、男性にも需要がありそうですね。普段使い用として売り出そうかな……」
「別に、正式な場で身に着けても問題ないと思うが? 俺なら、隊員のマントを装着しているときに着けると思う。色目も合うからな」
「でしたら、そのまま使ってください。試作品ですが、ちぎれてしまったレースリボンの代わりです」
「しかし……」
いつも貰ってばかりでは申し訳ない。
たまには自分も売り上げに貢献するとハワードが言いかけたとき、ミケが「ニャー」と鳴いた。
「その前に確認をしろ? あっ、忘れてた!!」
ミケとの会話を終えたリサが、こちらを向く。
「大事な確認をするのを、すっかり忘れていました。ハワードさんて、今好きな人はいますか?」
「す、好きな人?」
直球の質問だった。
「その……君の言う好きな人とは、想い人のことか?」
「そうです」
突然の話題の転換。しかも、確認したいことは想い人の有無だった。
「それなら……(目の前に)いるぞ」
戸惑いながらも、ハワードは正直に答える。
奈落の森で死を覚悟したときに、はっきりと自覚した。
この先、何かあったときに後悔をしたくない。
自分の気持ちに素直になるのだと決意した。
もし、ハワードがルオンのような性格であれば、良い機会だと今想いを告げていたことだろう。
しかし、彼には『目の前に』の言葉を言う勇気はなかった。
「その方は、身近にいる方ですか?」
「身近と言えば、身近だが……」
秘密を明かしてもらえるほどには信頼関係を築いている、と自分では思っている。
しかし、王都とヘンダームは距離的に遠いと言えば遠い。
「でしたら、その方に誤解させてしまったかもしれないですね。申し訳ありません」
「うん?」
急に謝罪を受け、話が見えなくなった。
リサに説明を求めると、予想外の話が飛び出した。
リサは、『女性が手作り品を男性に贈り、相手が受け取ると相思相愛に見られる云々』の話を知っていた。
以前渡したボタンとレースリボンが周囲に誤解を与えたのではないか、心配をしていたとのこと。
「君が心配するようなことは、何もなかったぞ」
ハワードは嘘をついた。
たしかに周囲には誤解され、女性隊員たちから尋問を受けた。
おそらく、今回のシュシュも追及があるだろう。
しかし、そんなことは些細なことだ。
「それを聞いて、安心しました。では、どうぞ使ってください」
「ありがとう。大切に使わせてもらう」
ハワードは、自身の髪に着けられたシュシュにそっと触れた。
マントの刺繍を嬉しそうに見せびらかしにきた部下の気持ちが、今なら理解できる。
想い人のお手製を身に着けることができる幸せを、静かにかみしめる。
また一つ、リサとの繋がりが増えた。
心がじんわりと温かくなる。
思わず顔がほころんだ。
「お相手が細かいことを気にされないおおらかな性格の方で、本当に良かったです」
「そ、そうだな……ハハハ」
リサからにこやかに言われ、ハワードは誤解されたままであることに気づく。
自分の想い人はリサなのに、彼女は別の想い人がいると思っている。
これは、非常にマズい。
さっき勇気を出して「それなら……目の前にいるぞ」と言えば良かったと、後悔が押し寄せる。
今からでも、改めて想いを告げるべきか?
ハワードが悩んでいる間に、リサは昼食の準備を始める。
肉を焼くにおいにルオンが目を覚まし、あえなく告白の機会は失われた。
空の上を移動しながら、皆で温かい食事をゆっくりと食べる。
何とも優雅な旅だが、ハワードの心はどんよりと沈んでいた。
「そういえば、ゼットンさんは帝国にいるのか?」
肉をかじりながら、ルオンが思い出したように尋ねた。
「ゼットンさんなら、先にサイエル王国へ戻っていますよ。普段は、王都から少し離れた村で守護者をされていますので」
「「?!」」
また、リサの口から驚きの発言が飛び出した。
「な、なんで、帝国の元大魔導士がサイエル王国の村にいるんだよ!」
「恩返しをするためだそうですよ」
魔導士にとってゼットンは、魔法史に登場する偉大な英雄だ。
そんな人物が自国の村で守護者をしているなど驚愕すべきことなのだが、リサの返答は実にあっさりしたものだった。
「なあ、ゼットンさんに魔法を教授してもらうことは、できないか?」
「ルオンさんが村まで会いに行けば、可能だと思います。ただ、王都からは馬車で五日ほどかかりますよ?」
「伝説的な大魔導士から直々に教えを受けられるのであれば、どこへだって俺は行くぞ!」
「では、頑張ってくださいね。でも───」
「そ、そんな怖い顔をするな! 俺は悪用なんか絶対にしない!!」
「……本当ですね?」
「聖女様に逆らうわけがないだろう! 神罰は受けたくないからな……」
「ふふふ、冗談ですよ」
楽しげに笑うリサに、『(聖女が言うと)冗談が、冗談では済まされない……』と心の中で突っ込みを入れたハワードとルオンだった。
◇
帝国から来たのに、リサの言うとおり王都まではあっという間だった。
リサに礼を述べ、ハワードたちはレースから降りる。
(君に会えるのは、次はいつになるのか……)
帝国で再会できたのは、女神の思し召しだった。
同じ王都内であれば、今後も機会はあったかもしれない。
しかし、ヘンダームは遠い。
次に会えるのは、ひと月後か。半年後か。
もしかしたら、一年後かもしれない。
ハワードは、大きなため息を吐く。
気づくと、ルオンはかなり先を歩いていた。
後ろ髪を引かれながら、ハワードはようやく一歩を踏み出す。
そのとき、ミケが「ニャー」と鳴いて、リサが「ハワードさん!」と言った。
「ミケが、約束した王都のお菓子はいつ食べられるのか?と言っているのですが……」
「申し訳ない。長期休暇は当分取れないから、ナウリム領へ行けるのはかなり先のことになると思う」
「ニャー」
「でしたら、私たちが近々王都へ伺いますね。ミケがどうしても食べたいそうなので」
「そうしてもらえたら有り難い。ついでに、その……王都の名所も案内しようか?」
「ありがとうございます。前回は観光をまったくしていないので、楽しみにしていますね」
思わぬところで、次の約束ができた。
落ち込んだ気分が、ぐっと上向きになる。
単純な性格だと、自分でも笑ってしまう。
ふと、ミケと目が合った。
金色の瞳が『世話のかかるやつだな』言っているような気がするのは、気のせいだろうか。
「それでは、また」
「送ってくれて、ありがとう。では、また」
ハワードは、晴れやかな気分で別れを告げた。
◆◆◆
王太子のオルフェンは、王都へ帰還した部下二人を驚きを持って迎えた。
執務室を人払いし、さっそく報告を聞く。
聖女と聖獣が奈落の森に現れ、ハワードを救出し魔物を殲滅したこと。
帝都へ移動後、皇帝暗殺と皇兄父子のクーデターを阻止し、大聖堂で女神の意向を帝都の民へ伝え姿を消したこと。
「まさか、聖女と面識を得るとは……今回の任務での、最大の収穫だな」
「ただ、運が良かっただけです。聖女様がいなければ、私は確実に命を落としていました」
「クリスタルゴーレムが生まれた奈落とは、それほどまでに恐ろしい場所だったか」
「はい」
携帯用魔道具で帝国での最終報告を受けたのは、わずか数日前のこと。
それなのに、ハワードとルオンは王都にいる。
聖女の厚意により、転移門で近郊まで送ってもらったのだという。
彼らが帝国に到着し任務を遂行していたことは、先行部隊の隊員たちによって証明されている。
数日前の報告時にも、周囲に他の隊員たちはいた。
虚偽報告などではない。
古い文献に記述がある転移門が、実在したのだ。
「それで、『女神の使徒』と『聖女』は同一人物だったのか?」
「それは、わかりません。聖女様は常に外套で姿を隠しておられましたので。ただ、聖女様の眷属は『額に星章のある斑猫』でした。これは、百年前に実在したと言われる聖獣とまったく同じです」
ハワードは、澱みなく報告を終えた。
オルフェンは、ハワードとルオンにそれぞれ報告書の提出を命じ、「今日はゆっくり休め」と基地へ帰宅させた。
◇
「さて、帝国の件は報告書で確認するとして、問題は『あの件』だな……」
一人になった執務室で、オルフェンはつぶやく。
妹のリリアーナがナウリム領へ突撃したときに、遠隔地から詳細な情報を知り得た理由について、今回二人からの報告はなかった。
オルフェンは、ナウリム領に協力者がいるのではないかと推測をしているが、なぜかそのことを主の自分には隠している。
よほど秘匿したい人物なのか。
「そういえば、勧誘を断られたと言っていたな……」
優秀な女魔法使いを勧誘しに、ハワードはナウリム領へ行った。
しかし、いつまで経っても王都へ戻らず、痺れを切らしたオルフェンがルオンを迎えに行かせようやく帰ってきたのだ。
女性隊員たちは、ヘンダームに良い人ができたのではないかと噂をしていた。
たしかに、最近のハワードは身なりに気を遣うようになってきた。
これまでは適当な紐で縛っていた髪を、おしゃれな髪紐でまとめるようになったのだ。
現に今日も、装着したマントに合わせたかのような色目の新たな髪紐に目が留まる。
マントのボタンも、以前別の物に付け替えられていた。
「報告書を持ってきたときに、ルオンに聞くか」
ハワード本人に尋ねても、上手く話をはぐらかされるだけだろう。
ならば、ヘンダームに行った部下に聞くほうが早い。
オルフェンの瞳は、好奇心で満ち溢れていた。
第一部は、これで完結となります。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
第二部はただいま執筆中ですが、開始時期は未定です。
再開しましたら、よろしくお願いいたします。




