第62話 宣言
この日、帝都の大聖堂には多くの人々が詰めかけていた。
その中にはハワードとルオン、レイの姿もある。
大司教のエンゲルが「聖女様が、女神様からのお言葉を伝えられる」と公言したことで、身分を問わず多くの帝都民が集まっている。
あまりの人の多さに聖堂内には入りきれず、沿道にまで人だかりができていた。
皇兄派がクーデターを企み失敗に終わった件は、聖女が「神罰は下らない」と民の前で宣言し騒動がある程度収束してから公表されるようだ。
これは、リサから(レイ経由で)届いた手紙に書いてあったこと。
ただ、サイエル王国へ先に情報を流すことについては、いずれ知れ渡る話だからと許可をもらっていた。
これを受けて、ハワードは先行して帝国に潜入していた部下たちに情報を共有し、先に帰国させた。
現在残っているのはルオンだけである。
王太子のオルフェンには、魔道具で情報をすでに報告済み。
オルフェンは、クーデター未遂事件と聖女降臨の話に興奮し詳細を知りたがったが、魔力消費を理由にハワードはすぐに通話を切る。
当事者としてどこまで情報を開示してよいのか、現時点では判断がつかなかった。
◇
大司教が女神像に祈りを捧げていると、青白い炎が円を描くように床に現れる。
皆が固唾を呑んで見つめるなか、中央に外套で顔を隠した聖女と聖獣が登場した。
「聖女様だ!」
「聖獣様もいらっしゃるぞ!!」
興奮状態の人々が口々に叫び、祈り始める。
大歓声で興奮の坩堝と化した聖堂内は収拾がつかなくなっている。
大司教が「静粛に!」と注意を促す声もかき消されてしまう。
そのとき、「ニャー」と低い鳴き声が響き渡る。
それは喧騒の中、不思議と誰の耳にも届く。
一瞬にして、場は静まり返った。
「皆さま、わたくしはミサと申します。こちらはリケです。本日は、女神様の御言葉を伝えにまいりました」
ゆっくりとした落ち着いた声で、聖女は語り始めた。
皆が真剣に耳を傾け、私語の声などもちろんない。
「女神様は、わたくしにこう仰いました。『神罰は下らない』と」
「聖女様、女神様は私たちを許してくださると?」
大司教からの問いかけに、聖女は「はい」とはっきりと答えた。
「女神様は、契約の遵守とデール帝国の早期安定をお望みです」
「皆、女神様の御慈悲に感謝し、一日も早く通常の生活に戻るのだ。これは、女神様の御心に従うことでもあるぞ」
大司教の言葉に、帝都民が大きく頷いている。
「女神様は、いつでも見守っておられます。では、皆さまの新たな門出に祝福を!」
女神像が光り輝く。
天井からは、白い花びらの形をした雪が舞い落ちてきた。
ハワードは手で受け取る。
冷たさは感じないが、すぐに融けるように消えてなくなった。
光が収まったとき、雪とともに聖女の姿も消えていたのだった。
◇◇◇
女神像の前には、お祈りをしようと多くの者たちが列を成していた。
ハワードとルオンは大聖堂を出る。
「これで、ようやく帝国も落ち着きますかね?」
「そうだと良いが……まあ、聖女が釘を刺したから、同じ過ちは二度と繰り返さないと思うぞ」
「ああ、契約の件ですね」
昔、帝国と女神がどんな契約を交わしたのかはわからないが、破ったことにより今回の事態を招いた。
次に破ったときは、女神から見放されるということ。
「さて、我々はこれからどうしますか? とりあえず、聖女の宣言内容だけは先に報告をしておかないと、あの方から催促されますよ」
「そうだな」
人混みを掻き分け宿へ歩いていると、「ニャー」と鳴き声が聞こえたような気がした。
レイがルオンの肩から飛び立ち、急いでどこかへ向かっていく。
二人もあとを追いかけた。
「最近のレイは、ルオンを主と見なしていないようだな?」
「ハハハ……主と見なしていないのは、前からですよ。だって、レイは俺のことを『ルオン』と呼び捨てにしているそうですから」
「そういえば、そうだったな。では、同格ということか」
「まあ、それでも別に構いません。家族ですから」
ルオンは苦笑した。
◇
レイが降り立ったのは、広場にある噴水だった。
縁に座っているのは、黒髪の少女と白猫。
リサは何かを割っては、ミケへ食べさせている。
二人に気づいたリサから「食べますか?」と手渡されたのは、平たく丸い形をした物。
ハワードとルオンのは黒い紙付きで、レイ用には何も付いていないものが配られた。
リサにならって、紙を剥がさずにそのままかぶりつく。
パリッとした食感と香ばしい風味で、ハワードはあっという間に食べ切った。
「これは美味いな。何という食べ物なんだ?」
「オセンベイです。もしかしたら、帝都には売っているお店があるかも…えっ、これはないの? それは残念」
ミケとのやり取りを終えたリサが、再びこちらを向いた。
「私のほうからそちらへ伺うつもりだったのですが、ミケがレイ君を勝手に呼び出してしまってごめんなさい」
「もう今さらだしな、おまえたちなら別に良いぞ」
「ありがとうございます」
「君たちの用事は、もう済んだのか?」
「はい。あとは買い物をして、ヘンダームへ帰るだけですね」
ハワードが拍子抜けするくらい、リサはいつも通りだった。
先ほどまで聖女として振る舞っていた同一人物とは到底思えない。
「それで、俺たちに何か用か?」
「お二人が帰国される前に、きちんと説明をしておこうかなと。約束をしましたし」
一緒に帰れたら、道中で説明ができたのに…と残念そうにリサが言う。
ルオンがそれにいち早く反応する。
ハワードは嫌な予感がした。
この二人は、危なっかしいところが多々ある。
人が大勢集まっている中での会話は危険である。他の者には聞かせないほうがよい。
ハワードは素早く判断し、防音魔法を発動させた。
「なあ、一応確認だが……ココからあそこまで、あの魔法ならどれくらいで帰れるんだ?」
「全速力で行けば、王都へ行くのと同じくらいですかね……あっ、もう少し掛かるかもしれませんが」
「「!!」」
一日どころか、半日もかからないとは。
二人の受けた衝撃は大きかった。
「副…ハイドさん、こいつと一緒に帰りましょう! 俺、もうあんな疲れる旅は嫌です!!」
「気持ちは非常に理解できるが、あの方へどう説明をするつもりだ?」
先に帰国させた部下たちが到着していないのに、後から出発した自分たちが王都に着いているなどあり得ない。
どう言い訳をするのか?とハワードからの至極当然の質問に、ルオンはいつになく真剣な表情で考え込んでいる。
「そうだ! 道中の森で『古に存在した隠し転移門』を見つけたとかは、どうですか? 実際に、昔の文献にも載っていますし」
「へえ、女神様の転移門って、そんな昔からあったのですね。お二人も大聖堂のが使用できたら、王都まですぐなのに……」
リサがぽそっとつぶやく。
「「!!!!」」
大聖堂には、転移門が存在する。
二人の受けた衝撃は、特大だった。




