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【第一部完結】レース編みは万能でした~女神の使徒? 私は飼い猫の異世界召喚に巻き込まれた、ただの飼い主ですよ?  作者: ざっきー
第五章 帝国へ女神様に会いに行くだけのはずが……

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第58話 ユンハンスの企み


 時は、リサたちがハワードたちと合流する前に(さかのぼ)る。



 ◇◇◇



 皇兄の嫡男ユンハンスは、屋敷の執務室で腹心の部下からの報告を聞いていた。


「皇帝の姿が、消えた?」


「はい。ご命令通り、本日致死量の薬剤を投入する手筈となっていたのですが……準備の最中に突如として姿が見えなくなったと、早馬で知らせがございました」


「誰かに連れ去られたのか?」


「それは、あり得ません。部屋には実行役の者たち以外は立ち入り禁止にしておりましたので、侵入は不可能です」


 部下は断言する。


「聖女様が入城された日に起きた不可解な出来事に、皆が怯えております。その……『神隠し』だと」


「ハハハ! 馬鹿馬鹿しい。おそらく、紛れ込んでいた皇帝派の間者の仕業だろう。すぐに、裏切り者をあぶり出せ」

 

 帝城に聖女が現れたと報告があったとき、共犯者たちは一様に戦慄した。

 大司教は「神罰はない」と宣言したが、やはり女神は許していなかったのだと。

 そんな中、ユンハンスは迷わず計画の前倒しを指示した。


 大聖堂前で聖女を見た者の話によれば、外套で顔を隠しており見目は不明だが、額に星章がある斑猫を連れていたという。

 たしかに、百年前に現れた聖獣は額に星章があり斑だったと古い文献や大聖堂のステンドグラスには残っているが、事実かどうか定かではない。


 しかし、女神の使徒の眷属は白猫だった。

 これはユンハンス自身がこの目で確認をしたのだから、間違いない。


 同時期に、二人の聖女が現れるなどあり得ない。

 もし、本物の聖女であれば、顔を隠す必要はないはず。

 今回の聖女は皇帝派が仕立て上げた偽聖女で、聖獣はただの斑猫に星章を描いたものだとユンハンスは断定した。

 

 おそらく、混乱に乗じてこちらを牽制する狙いがあったと思われるが、邪魔をされる前に皇帝を病死に見せかけて暗殺してしまえば、後はどうにでもなる。

 成人していない皇太子には、何の力もないのだから。

 


 当初の計画では、召喚魔法で大型獣を得てクーデターを起こすつもりだった。

 しかし、女神の使徒に邪魔をされ失敗に終わる。

 魔法陣が焼失したため、もう二度と召喚魔法を行使することができなくなったのだ。

 

 計画に加担していた一部の者たちは神罰を恐れ、皇兄派を離脱する事態にまでなる。

 皇帝派、皇兄派、中立派を問わず他国へ亡命する者が後を絶たず、ユンハンスは計画の変更を余儀なくされた。


 皇兄である父のゲルググは、「神の怒りを買った」と召喚魔法を勝手におこなったユンハンスを叱責し、あれ以来私室に閉じこもっている。


 父は、常に周囲の意見に流されてきた。

 己の信念などは持っておらず、いつも他人任せ。

 しかし、自尊心と権力欲だけは昔から人一倍強い。


 そんな父を周囲が皇帝に担ぎ上げようとしているのは、傀儡(かいらい)にするためだと息子はわかっていた。


(やはり、父上は皇帝の器ではないな……)


 前皇帝の祖父は見抜いていたのだ。

 だから、年の離れた優秀な異母弟を次期皇帝に指名した。


 しかし、息子の自分は父とは違う。


 祖父や叔父の他国に対する弱腰な姿勢には、我慢ならなかった。

 大国は強国であるべき。

 これは、ユンハンスの持論だ。

 軍をさらに強化し、周辺国を併呑(へいどん)していき昔の帝国の姿を取り戻す。


 そのためには、簒奪(さんだつ)は必要不可欠な行為なのだ。



 ◇



 翌朝になったが、皇帝の行方は不明のままだった。

 配下によると、昨夜、帝城内で大規模な捜索活動がおこなわれたとのこと。

 

 皇兄派の者たちは「聖女が滞在する離宮も捜索すべきだ!」と訴えたが、皇太子と宰相は「女神様と聖女様に対する冒涜(ぼうとく)だ!」と一蹴した。

 ところが、聖女自身の申し出により一転、離宮も捜索されることとなる。

 ユンハンスは離宮内が一番怪しいと睨んでいたが、結局何も見つからなかったという。


 皇帝派の筆頭である宰相の屋敷の出入りを監視させているが、皇帝らしき人物が担ぎ込まれたり、大きな荷物の搬入もない。 

 現在のところ、行方に繋がる手掛かりはまったく掴めていなかった。


(皇帝を、どこに(かくま)っている?) 

 

 長期にわたり薬漬けになっている体は、治癒魔法や上級ポーションであってもすぐには回復しない。

 動けない病人を外に連れ回すなど、自殺行為に等しい……と考えたところで、ふと名案が浮かぶ。

 皇帝派に、皇帝殺しの罪を被ってもらえば良いのだと。


 おそらく、荷車に乗せ市井の宿屋か空き家にでも運んだのだろう。

 日の暮れた寒空の下では、さぞかし病身に(こた)えたはず。

 もしかしたら、もうこの世にはいない可能性もある。


 どちらにせよ、帝城に皇帝がいない今が、クーデターの絶好の機会であるのは間違いない。


 配下が退出したあと、ユンハンスは執務机の左右両側の引き出しを同時に半分だけ引く。

 すると『カチッ』と音がして、天板の一部がせり上がった。

 隠し収納の中に入れられていたのは、折り畳まれた一枚の大きな紙。

 それは、クーデターに賛同する貴族たちの署名が成された傘連判状(ラウンドロビン)(血判状)だった。


 さっそく緊急招集をかけようと歩き出したところで、ユンハンスは後ろの窓の外に人が立っていることに気づく。

 執務室は屋敷の二階にあり、この部屋にバルコニーはない。

 屋敷の周囲は厳重に警備されている。


 夜の暗闇に乗じてならまだしも日の出た明るい時間では、風魔法でここに来るまでに警備兵に見つかり矢を射られる。

 侵入は不可能だ。


 それなのに、なぜ?


 突然ビュンと風が吹き、窓が全開になる。侵入者がゆっくりと近づいてきた。

 しかし、よく見ると足は動いていない。

 立ったままの姿勢で、こちらに進んでいる。



 ────まるで、飛行魔法を行使するように



 目を疑うような光景に、思考が完全に停止する。

 外套で顔を隠した人物は、斑猫を抱っこしていた。

 額に星章がある眷属は、ユンハンスをじっと見つめている。


 心臓が嫌な音をたてた。

 全身から汗がどっと吹き出す。

 喉がカラカラに渇き、声を上げることもできない。

 手が震え、血判状が床に落下した。



 ユンハンスは認めたくなかった。

 

 聖女が本物だったことを。

 目の前の状況が現実であることを。


 そして───自分が心底恐怖していることを。


 

 どこからともなく飛んできた黒い鳥が、床に落ちた血判状を咥えていく。


「証拠品は、ここに隠していたのですね」


 黒い鳥から血判状を受け取った聖女は、落ち着いた声でそう言った。



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