第57話 準備万端
奈落の森での任務を終えたハワードとルオンの二人は、リサとミケを追って帝都へ入った。
部下たちは各々任務に就いており、帝都内では接触を断つと事前に取り決めをしている。
ハワードは冒険者のハイドとして、ルオンはレイがいるため魔法使いの身分で、冒険者ギルドを訪れる。
奈落の森には他の冒険者やギルドの職員もいたため、聖女の噂話はあっという間に広まっていた。
聖女が大聖堂に現れたと聞いた二人は急いで向かったが、すでにリサたちの姿はない。
目撃者によると、どうやら帝城に連れて行かれたようだとのこと。
「城に迎えられたということは、やっぱりアイツが聖女で間違いないみたいですね? まあ、聖火を使える時点で確定していますが」
「…………」
「ハイドさん?」
「……本人の口から直接聞くまでは、俺は信じない」
ハワードも、心の奥底ではリサが聖女だと確信している。
部下の報告にあった大聖堂のステンドグラスを確認すると、聖女と額に星章がある斑猫が描かれていた。
ミケが聖獣なのは間違いないだろう。
その聖獣を眷属にできるのは、聖女だけなのだから。
◇
夕刻、任務である町中での情報収集を終えた二人は、帝城に近い宿で部屋を取る。
リサたちの居所と現状を探るため、ハワードはレイを城へ偵察に出しルオンに視覚を共有させた。
日が暮れたため辺りは薄暗くなってきたが、夜目も利く魔鳥のレイの目を通せば偵察は問題なくおこなえる。
しばらくすると、ルオンが「レイはどこへ行くんだ?」と首をかしげた。
「どうした?」
「急に、レイが偵察を止めてどこかへ向かっているんです」
「彼女たちを見つけたのかも、しれないな」
魔物の疑いをかけられた自分を救うために、リサたちは身代わりになった。
ハワードとしては、リサたちが帝城でどういう状況に置かれているのか、一刻も早く確認をしたい。
「ここは……離宮? 開いている窓から部屋の中に入りました。あっ! 誰かいる……うん? アイツ…なのか?」
「今の彼女は、変身魔法で黒髪を亜麻色髪に変えているぞ」
「だったら、そうですね……アハハ、こちらに手を振っています。元気そうですよ」
「そうか……」
ひとまず、ハワードはホッとした。
「部屋には、見知らぬ老人もいますね。誰だろう?」
「そういえば、帝都で知人に会うと言っていたな」
聖女の知人であれば、ただの人物ではないだろう。
レイは、ミケと何かを話しているようだ。
「えっと……副隊長、今からここに来るそうです」
「うん?」
「アイツが、『今から、そちらへ伺います』と紙に書いて見せましたので」
「どういうことだ?」
「事情はわかりませんが、もう空を飛んでいます。今、着きました」
ルオンが窓へ顔を向ける。
コンコンと、リサが外側から窓を叩いたのだった。
◆◆◆
やはり、先に紙で来訪を知らせておいて正解だった。
ハワードさんもルオンさんもポカンとはしていたが、すぐに部屋の中に入れてくれた。
私は事情を説明する。
帝国の皇兄父子がクーデターを計画していること。
皇帝と皇太子が暗殺されかけているから、私はそれを阻止するために動いていること。
証拠を集めるために力を貸してほしいとの話に、二人の顔が明らかに引きつっている。
「……おまえ、相当ヤバいことに首を突っ込んでいるけど、大丈夫なのか?」
「私は平気ですよ。それより、時間がないのですぐにでも証拠を探しに皇兄の屋敷に乗り込みたいのです。手伝ってもらえませんか?」
「おまえには副隊長を助けてもらった恩があるからな、俺もレイも協力は惜しまないぞ」
⦅ウン⦆
「もちろん俺も、喜んで協力させてもらう」
「ありがとうございます!」
強力な助っ人が増えた。
これは有り難い。
「ところで、君は皇兄の屋敷の場所は知っているのか?」
「あっ!」
ハワードさんに訊かれたけど、そういえば私もミケも屋敷の場所を知らなかったよ。
勢いだけで動いたら、ダメだね。
「屋敷の場所は、昼間情報収集をしていたからわかるぞ。すぐに向かうか?」
⦅リサ、その前に一旦離宮へ戻ろう。まずは、皇帝をどうするか考えないとね⦆
そうだった!
その件もあったね。
⦅ハワードたちも、離宮へ連れて行こうか。ゼットンにも会わせたいし⦆
会わせるのは良いとして、ハワードさんとルオンさんにはどう紹介しようかな。
正直に「ゼットンさんはエルダーリッチで───」とは言えないよね……。
ミケは、どうするつもりなんだろう。
◇
離宮に戻ったら、ゼットンさんが出迎えてくれた。
『お帰りなさいませ。そちらの方々は、先ほど話されていた協力者ですかな?』
「はい、ハワードさんとルオンさん。ルオンさんの従魔のレイ君です」
「ハワードと申します」
「ルオンです」
『私はゼットンと申しまして、聖女様の眷属でございます。どうぞ、お見知り置きを』
「け、眷属?」
「おい、眷属ってどういうことだ?」
ゼットンさん! そこまでの自己紹介は必要ないですよ!!
と、今さら言っても、時すでに遅し。
ハワードさんとルオンさんから私へ、微妙な視線が注がれる。
⦅どうせ、すぐに正体には気づかれるんだから、ゼットンは帝国の元宮廷魔導士で、今はエルダーリッチだよって伝えておいたら?⦆
ミケの意見に、ゼットンさんも『それが良いでしょうなあ』と大きく頷いている。
それなら、ご本人から説明をしてもらおうかな。
⦅そういうことだから、リサが上手に言ってね⦆
(!?)
ミケから丸投げされた!
「えっと、実はですね……」
非常に言い難いが、ここは躊躇せず一気に言ってしまおう。
「ゼットンさんはこう見えて『エルダーリッチ』なのですが、『百年前に聖女様の従者をされていた、帝国の元宮廷魔導士』なんです! だから、悪いエルダーリッチではありません!! 以上!」
「「・・・・・」」
再びポカンとしているハワードさんとルオンさんに、「追々、説明はします」と言ってこの話を打ち切る。
今はそれよりも、やらなければいけないことがあるからね。
「証拠集めの前に、まずは皇帝陛下を信頼のおける人物に預けないといけないのです」
「……離宮で、皇帝を匿っているのか?」
声を潜め、恐る恐るといった感じのルオンさんの問いかけに、「そうですよ」と答える。
ハワードさんの顔色が変わった。
「どこにいるんだ?」
「今、そこのベッドで眠っています」
「でも、ベッドには誰もいないぞ?」
「不可視化魔法で姿を消していますからね。ゼットンさん、解除をお願いします」
『かしこまりました』
ゼットンさんが魔法を解除すると、皇帝の姿が現れる。
うん、かなり顔色が良くなっている。
治癒魔法が効いているようで、良かった!
「見るからに病人じゃねえか! それがなんで、ここに寝かされているんだよ! てか、爺さんはどうして不可視化魔法が使え…おい、もしかしてゼットンって────」
「あれ、さっき言いませんでしたっけ? 皇帝が薬で殺されそうになっていたので、ゼットンさんが保護してここまで運んできてくれたって」
「命を狙われているとしか、聞いてねえよ!! あと、百年前に聖女の従者をしていた帝国の元宮廷魔導士って、大魔導士ゼットンのことだったのか!」
ルオンさんが全力で叫んだ。
◇
ハワードさんとルオンさんへ説明不足を謝罪し、改めて話をした。
「まさか、直接本人から不可視化魔法を伝授されていたとは……やはり、君は規格外だな」
「驚くことがありすぎて、もう並大抵のことでは何も感じないだろうな……」
ハハハ……と、二人は力なく笑っている。
本当にいろいろとすみません。
「それで、皇帝を預けられそうな人物はいるのか?」
「宰相さんへお願いしようかと。あの方は皇帝派で、皇太子殿下を守っていますので」
「直接、宰相の屋敷に運ぶつもりなのだろう?」
「はい。ゼットンさんに宰相さんの屋敷の場所を認識してもらってから、転移魔法でこっそりと」
ゼットンさんによると、転移魔法は行ったことのある場所や認識したところにしか転移はできないとのこと。
だから、離宮や帝城内は自由自在に行き来ができたんだね。
「ハハハ……転移魔法って、それも昔の文献でしか見たことのない魔法だぞ。さすが、大魔導士だな」
転移魔法って、ラノベではお馴染みの魔法なんだけどね。
誤解されないよう二人へ「私は、転移魔法は使えませんよ」と言ったら、意外そうな顔をされてしまった。
「皇兄の手の者が皇帝の行方を探しているだろうから、それが良いだろうな。きっと、屋敷の出入りを監視しているはずだ」
まずは、宰相さんへ皇帝を預けて、それから証拠を探しに皇兄の屋敷へ行くことが決まった。
私とミケが宰相さんに会いに帝城へ向かおうとしたら、何やら外が騒々しい。
様子を見に行ってくれたゼットンさんによると、離宮の前でツァーリ殿下と宰相のグラハムさん、その他大勢の貴族たちが揉めているとのこと。
どうやら、離宮内に行方不明になった皇帝がいるのではないかと疑い捜索を要求する皇兄派と、女神と聖女に対する冒涜だと反発する皇帝派が言い争っているようだ。
『如何いたしますか?』
⦅捜索を拒否したら余計に疑われるだけだから、彼らの気が済むまでやらせてあげたらいいと思うよ⦆
私もそう思う。
というわけで、私とミケ以外の皆さんには不可視化&飛行魔法で天井付近に待機してもらうことにした。
離宮は天井が高いから、座るか寝転がっていてもらえば問題ないはず。
サイエル王国よりも北にある帝国は今の時季は寒いので、ずっと外で待ってもらうのは申し訳ないからね。
◇
私が許可を出したことで、皇兄派の方々は張り切って離宮内の捜索をしていた。
でも、もちろん何も出てこない。
彼らが帰ったあと、離宮に残っていたツァーリ殿下とグラハムさんだけに本当のことを話し、皇帝は無事であると姿も見せておく。
二人は皇帝が行方不明になったときの皇兄派の慌てぶりから、彼らが関与していないと確信。
私が保護したのではないかと最初から思っていたそうだ。
「父上!」
ツァーリ殿下は、ベッドで穏やかな顔で眠る皇帝に駆け寄った。
「今は治癒魔法を掛けていますので、目を覚まされるのは明日になるかと思います。それで、その後の看護をお願いしたいのです」
「聖女様、父を救っていただきありがとうございました。グラハム、其方の屋敷で頼めるだろうか?」
「はい。我が家で丁重に看護させていただきますので、ご安心ください」
これで、ようやく皇兄父子の屋敷へ乗り込める。
何としても証拠を見つけ出す。
私は決意を新たにしたのだった。




