第56話 聖女降臨
大聖堂の中へ入ると、ミケはすぐに女神様へ会いに行く。
その間に、私たちはお互いに自己紹介をしていた。
来訪の目的を聞かれたので答えようとしたときに、ミケが戻ってきた。
女神様が、国内情勢の安定に力を貸してほしいと言っているとのこと。
これで当初の予定通り、大聖堂から女神様の意向を発信できる。
そう思ったら、話にはまだ続きがあった。
どうやら、この国でも悪徳お貴族様(皇兄父子)が暗躍をしているらしい。
しかも、病身の皇帝と皇太子の命を狙っているとか。
思わず「ええええ~!」と叫びそうになったが、聖女らしからぬ言動はできない。
喉まで出かかった言葉をグッと飲み込み、優雅に振る舞う。
「女神様は、この大陸一の大国であるデール帝国の安定をお望みです。ですが、現状は国の上層部も安定とは言い難い状況になっているようですね?」
「聖女様は、そこまでご存じなのですか!」
ツァーリ殿下が目を見開く。
こんな小さな男の子が国の現状に心を痛めている。だから、力を貸してあげたい。
なにより、皇兄父子が国のトップに立ったら、侵略戦争が始まる。
大陸中が戦火に包まれるだろうと、女神様が言っていたそうだ。
私たちが魔法陣を燃やしたせいで騒動が起きて申し訳ないと思っていたが、召喚魔法が成功していたらクーデターが確実に起きていた、らしい。
女神様は、それを阻止したかったのだろう。
「ですから、わたくしは帝城へ参ります。まずは、皇帝陛下へ謁見させていただきます」
「聖女様、大変申し訳ございませんが、すぐに謁見は……」
「はい、もちろん(事情は)存じております」
大司教様は皇帝が病に臥せっていることを知らないからね、宰相さんがここで理由を口にすることはできないのだ。
大司教様には、「女神様が神罰を下すことは絶対にありません!」とあらためて伝えておく。
後日、私のほうからも直接帝都の皆さんへお知らせすると言ったら、三人から感謝されてしまったのだった。
◇
⦅懐かしいな……⦆
ミケが、うろうろとあちこちを見回っている。
いま私たちがいるのは、帝城の敷地内にある離宮の一室だ。
ここは、おばあちゃんが聖女として暮らしていた場所なのだとか。
⦅さすがに内装は変わっているけど、家具なんかは当時のままだね。ほら、ここを見て。この線、ボクが爪を立てた跡がまだ残っていたよ⦆
「ミケちゃん、家具に傷を付けたらダメでしょう!」
⦅わざとじゃないから、いいんだよ⦆
わざとじゃなくても、ダメだと思うよ。
ミケは、ふかふかのクッションが付いた長椅子に寝転んだ。
部屋の奥には天蓋付きの大きなベッドがある。
もちろん、応接セットも。
作業スペースがたくさんあるから、どこで編み物をしようか迷ってしまうくらい広い。
でも、散らかしすぎると片づけが大変になる。
あまり広げすぎないようにしないとね。
ちなみに、侍女さんなどは必要ないと最初にお断りしておいた。
今の宮殿内は不穏だから、誰が敵で誰が味方かわからない。
常に気を張っていては疲れてしまうから、食事などは自分たちで何とかする。
ここに長居をするつもりもないし。
⦅それで、リサは帝城で何をするつもり?⦆
「真っ先にやらないといけないのは、皇帝陛下の病を治すことだよね」
⦅でも、近づけないんでしょう?⦆
帝城へ向かう馬車の中で、いろいろと話を聞いた。
ツァーリ殿下や宰相さんによると、皇帝の周辺は皇兄父子に掌握されてしまっているらしく、簡単には手出しができないらしい。
だから、私が単独で行動を起こすことにした。
「うん、どうやって寝室に忍び込もうか、一生懸命考えているところ」
不可視化魔法で姿は消すことができるけど、壁を通り抜けられるわけではない。
護衛兵たちが厳重に守りを固めている部屋の中へ、どう入るか。
⦅忍び込まなくても、堂々と正面から入ればいいんじゃない? 誰かの後に続いてとか⦆
「ふふふ、それって忍び込むのと同じだよね」
でも、ミケの言う通りかもしれない。
こそこそしないで堂々と?誰かの後について寝室に入り、皇帝へ見えない治癒レースを掛布団のように掛けるだけなのだから。
⦅昔と変わっていなければ、皇帝の寝室の場所はわかるよ。今晩、実行してみたら?⦆
「そうだね。相手がいつ動き出すともわからないし、善は急げと言うし……」
聖女が奈落の魔物を殲滅し離宮へ迎えられたことは宮廷内には周知されたから、皇兄父子へも伝わっているだろう。
私へ接触を図ってくるのか、神罰を恐れず強硬手段に出てくるのか。
⦅じゃあ、強力な助っ人をお願いしよう。ゼットンを呼び出してみて。すぐに来るから⦆
「そうか、ゼットンさんなら帝城内のことにも詳しいもんね! ミケちゃん、頭が良い!!」
早速呼ぼうとして、ふと気づく。
エルダーリッチ(死霊)って、日の出ている時間は活動できないよね?
⦅あっ、そういえばそうか……。でも、ゼットンなら根性で現れそうだけど⦆
まさかの、根性論!?
⦅眷属は、主の命令には従うのが当然だからね⦆
「へえ、ゼットンさんってミケちゃんの眷属になったんだ。全然知らなかったよ」
エルダーリッチが眷属って、さすが聖獣だね。
⦅ボクの眷属じゃなくて、聖女の眷属だよ。つまり、リサの眷属ってこと⦆
「でも、契約を交わした覚えなんてないよ?」
⦅やっぱり、気づいていなかったか……⦆
ミケがため息をつく。
⦅ゼットンが「馳せ参じます」と言ったときに、リサは「よろしくお願いします」って返したでしょう? あの時に契約が成立したよ⦆
「……はい?」
従属契約って、そんな簡単にできちゃうものなの?
◇
日が暮れるのを待って、ゼットンさんを呼び出してみる。
ミケいわく、『来て!』と念じればよいらしいけど……
『お呼びでございますか、聖女様』
なんの前触れもなく、ローブを着た老年の男性がポンと現れる。
ゼットンさんが、本当に来た!
「突然呼び立てて、すいません。実は、お願いしたいことがありまして────」
挨拶もそこそこに、かくかくしかじかと帝国の現状を説明すると、ゼットンさんは悲しげに目を伏せた。
『まったく、嘆かわしいことでございますなあ。対魔物だけでなく、宮廷内の騒動にまで聖女様のお手を煩わせるとは……』
「幼い皇太子殿下が心を痛めていますので、手助けをしたいのです。とにかく、皇帝陛下に元気になってもらわなければ、周辺国と戦争が起きてしまいますから」
『不肖ながら、私も精一杯務めさせていただきます。まずは、皇帝陛下の所在確認ですな』
そう言うと、ゼットンさんは姿を消した。
⦅ゼットンが、偵察に行ってくれたみたい。彼は帝城内のことを知り尽くしているし、霊だからどこにでも侵入できる。それに、腕も立つから問題ないよ⦆
当時、唯一の不可視化魔法の使い手である大魔導士様だったもんね。
安心しながら私は制作を、ミケが長椅子で夕寝をしていたら、『ただいま戻りました』とゼットンさんがバルコニー側の扉の前に立っていた。
私たちがいる部屋は離宮の二階部分にあり、バルコニーに面しているのだ。
ゼットンさんが部屋の奥へ歩いていく。
『聖女様、恐れ入りますがベッドをお借りしてもよろしいでしょうか?』
「はい、どうぞ。今はミケも使っていませんので」
何をするんだろう?と付いていったら、突然人がベッドに寝かされた。
三十代前後の銀髪の男性で、ものすごく顔色が悪い。
頬はこけており、目の下にはクマもできている。
髪はボサボサで、肌はカサカサに乾燥していた。
誰なのか気になるが、ともかく治療が先だ。
「フィレレース、治癒! フィレレース、洗浄!」
どうみても病人だが、きちんと看護がされていなかったようだ。
寝間着も体も、お世辞にも清潔状態であるとは言えない。
長椅子で寝ていたミケがむくっと起きた。
⦅ゼットン、余程の緊急事態だったみたいだね?⦆
『様子を見るだけのつもりでしたが、止む終えず連れて参りました。きっと今ごろは騒動になっているかと。大変申し訳ございません』
⦅判断は間違っていないよ。ご苦労だった⦆
ミケが、ゼットンさんを労っている。
会話の内容から、さすがの私も察した。
「ミケちゃん、その男の人ってもしかして……」
⦅うん、皇帝陛下だね⦆
ミケが、あっさりと答えた。
◇
ゼットンさんから詳しい話を聞く。
それによると、従者らしき三人の男女が怪しげな薬の準備をしていたとのこと。
ゼットンさんは危険な状況と判断し、彼らの注意が薬に向いている間に皇帝の姿を不可視化魔法で消す。
それから、皇帝がいなくなったことに慌てふためきながら室内を捜しまわる三人を横目に、風魔法と転移魔法で皇帝を離宮まで運んできたのだった。
「間一髪、間に合って良かった!」
⦅まさか、聖女が離宮に入ったその日に実行するとは、大胆不敵だね……⦆
ゼットンさんがいなければ、手遅れになっていただろう。
もしかしたら、聖女に皇帝暗殺の濡れ衣を着せるつもりだったのかもしれない。
⦅敵は、短期決戦を仕掛けてきた。だったら、ボクたちものんびりしている場合じゃないね⦆
「そうだね、早く証拠を見つけないと」
⦅ボクたちだけじゃ、どう考えても人手が足りない。だから、ハワードたちに協力をお願いしよう。まずは、レイを呼び出すよ⦆
「でも、ハワードさんたちは任務中だよ?」
⦅今はそんなことを言っている状況じゃないから、使える者は誰でも使うよ。それに、『何かあれば力になる』って手紙に書いてあったでしょう?⦆
そういえば、奈落の森の野営地で貰った手紙に、そんなことが書いてあったね。
じゃあ、お言葉に甘えてお願いしようか。
ミケは風魔法で窓を開けると、以前と同じように音は低いけど遠くまで響き渡るような声で「ニャー!⦅レイ、至急の用件があるから、すぐに来て!⦆」と鳴いた。
任務中じゃないといいな…と思いながら窓の外を眺めていたら、黒い鳥が高速で部屋に飛び込んできた。
⦅セイジュウサマ オマタセシマシタ!⦆
レイ君、早い!!
私の体感では、ミケが鳴いてから一分も経っていないよ。
レイ君に「急に呼びつけて、ごめんね」と言ったら、すぐ近くにいたから問題ないとの答えが。
私たちが帝城に行ったと知り、ハワードさんとルオンさんがレイ君で城の上空から偵察をしていたそうだ。
ルオンさんには、今こちらが見えているらしい。
私たちは元気ですよ~と、手を振っておく。
⦅呼びつけたのは、君たちに協力してもらいたいことがあるからだよ⦆
⦅ワカリマシタ⦆
レイ君、即答しちゃって大丈夫?
勝手に引き受けたら、ルオンさんに叱られない?
⦅・・・・・⦆
⦅じゃあ、直接彼らと交渉するよ。今から会いに行くから、案内して⦆
⦅ハイ!⦆
急な話で、本当に申し訳ないね。
一応、ルオンさんへも『今から、そちらへ伺います』と紙に書いて知らせておいた。
『ミケ様、私はこちらで留守を預からせていただきます』
⦅皇帝を、よろしく頼むね⦆
『かしこまりました』
こうして、私とミケはレイ君の案内で、帝都にいるハワードさんとルオンさんに会いに行くことになったのだった。




