第54話 帝都へ
ハワードさんとルオンさんの再会を空から微笑ましく眺めていたら、急に不穏な状況になった。
⦅ああ、これはマズいかもね⦆
「早く、助けないと!」
⦅どうする? 二人以外を気絶させて、この場から逃げる?⦆
「それをすると、後々騒動になりそうだね。ハワードさんたちの今後の任務にも、支障がでるし……」
⦅じゃあ、作戦は一つしかないね。リサが姿を見せて、ハワードを助けたのは自分だと名乗り出るしかない。このままだと、彼は魔物として処分されちゃうよ?⦆
向こうの世界では『疑わしきは罰せず』だったけど、こちらの世界ではそうではないようだ。
⦅おそらく、実力を示しても彼らは納得しないだろう。リサも魔物だと疑われるだけだ。だからね────⦆
ふむふむ、なるほど。
そうだね、この作戦しかないよね。
幸い、今は女神様の御力があるから、何とかなるだろう。
⦅では、彼らに『ドン!』と実力を見せつけてあげてね……聖女ミサ⦆
うん、頑張って『聖女様』を演じるよ。
女神様、ハワードさんを救うためにちょっと力をお借りしますね。
◇◇◇
「せ、聖火に、額に星章がある斑の眷属……この方は、聖女様だ!!」
「彼の容疑が晴れたのであれば、その縄を解いてください」
「かしこまりました! おまえたち、早くしろ!!」
指揮官の男性が飛び起き、指示を出す。
兵士さんたちがハワードさんの縄を解いたことを確認する。
ふう、取りあえず最悪の事態にならずに済んで良かった。
ハワードさんが心配そうにこちらを見ているから、大丈夫だと微笑んでおく。
口元しか見えないと思うけど。
「奈落の魔物は、すべて殲滅しました。上からご覧になるとわかるように、底一面に聖火が広がっていますので、魔物が湧くことはないでしょう。火は……一年くらいは燃え続けるかもしれませんが、森に影響はありませんのでご安心ください」
奈落の状況も説明できたし、これで私の役目は終了だ。
では、退散するとしますか。
ミケを抱き上げ不可視化魔法を行使しようとしたときだった。
指揮官をはじめ兵士さんたちが、私たちに向かって一斉に平伏した。
な、何事ですか?
異様な光景に、私だけでなくハワードさんやルオンさん、他の冒険者たちも驚いている。
「聖女ミサ様に、お願い申し上げます! どうか、帝国をお救いください!!」
「「「「「お願いいたします!」」」」」
土下座集団に戸惑っている私の腕の中で、ミケが「ニャー」と鳴いた。⦅やっぱり、こうなったか……⦆と。
◇◇◇
翌日、私とミケは豪華な馬車に乗せられていた。
周囲は、馬に騎乗した大勢の兵士さんたちに守られている。
⦅ハハハ……リサも、マイみたいになっちゃったね⦆
おばあちゃんが外出するときは、いつもこんな状態だったそうだ。
私なら、とても耐えられないけどね。
「偽物なのに、申し訳ないよ。でも、あんな話を聞いたら、知らんふりはできないでしょう? 私たちにも、その責任はあるし……」
指揮官の男性が涙ながらに語ったのは、帝国の現状だった。
神罰を恐れた国民だけでなく、争いを好む国を見限った魔導士や兵士も国から脱出し、人手不足に陥っているのだという。
現在国に残っているのは、国を守るという使命感だけで頑張っている兵士さんなのだとか。
奈落の異常で、治安維持に回していた兵士をかき集め対処していたところに私が現れた。
縋りたくなる気持ちも理解できる。
「とにかく、まずは『神罰は下らない』ことから周知させないとね」
⦅女神様が神託で伝えているけど、騒動はなかなか収まらないからね⦆
「私が聖女を名乗って国中へ知らせることは、問題ないのかな?」
⦅女神様も望んでいることだから、それは大丈夫! それに、大聖堂でボクが直接女神様へ確認をするからね⦆
兵士さんたちのお願いを受け、私たちは帝都へ行くことにした。
要望を聞き入れる代わりに、大聖堂へ行くことを希望したのだ。
そこから、神罰はないです!と国中へ発信する予定だ。
もともと、大聖堂には用事もあるしね。
◇
昨夜、手配された馬車が奈落の森へ到着するまで野営地で待つことになったのだが、兵士さんや冒険者さんたちから「聖女様だ!」「救世主だ!」と大仰に迎えられ、非常に気まずい思いをした。
私は偽物のなんちゃって聖女ですよ?とは、言えない。
外套のフードで顔を隠しておいて正解だった。
野営地では、今回の魔物の襲撃で重軽傷者が多数出ていた。
不測の事態に、用意していたポーションや治癒士だけでは足らず、治療が間に合っていないようだ。
今回亡くなった人はおらず、行方不明者もハワードさん一人だけだったのは、不幸中の幸いだった。
「治療をしてあげたいけど、レースを見られるからね……」
⦅ねえ、思ったんだけど、治療中のレースだけを不可視化魔法で消せないの? というか、今までも消しているよね?⦆
「ほ、本当だ!」
飛行魔法のときに、すでに消していたことをすっかり忘れていた。
無意識とか、思い込みって、怖いね……なんて思いながら、呆れ顔のミケからそっと目を逸らす。
指揮官へお願いして、負傷者全員を数か所に分けて同じテント内に集めてもらった。
皆に横になってもらい、掛布団のように上から(見えない)大きなレースをかけていく。
周囲には聞こえないように、詠唱は『フィレレース』の部分だけ小声で。
今の私は力が強いから、翌朝には全員のケガが治っているはずだ。
その後、私たち専用に用意されたテントで、お腹が空いたから買い置きのおやつを出して食べる。
こんな時間だけど、深夜テンションだからと一応言い訳をしておく。
一緒にもぐもぐしていたミケが、外へ顔を向けた。
⦅レイが来たね⦆
「きっと、私たちが心配で様子を見にきてくれたんだよ」
周囲は誰も近づけないよう厳重に警備されているけど、レイ君は暗闇に紛れて飛んできたようだ。
警備の兵士さんに気づかれないように、テントの入り口に小さな通り道を作る。
ミケが「ニャー⦅レイ、ここから入ってきて⦆」と鳴くと、レイ君がひょこっと顔出す。
おいでと手招きをすると、ピョンピョンと跳ねながらやって来た。
口に何かを咥えている。
「手紙だね」
小さく折り畳まれた短い文章のもの。
ハワードさんとルオンさんの二人も、帝都へ行くようだ。
何かあれば力になる、と書いてある。
「裏面に、返信文を書いておこうかな。『私たちは大丈夫ですので、お仕事を頑張ってくださいね』っと」
おやつを食べたレイ君は、手紙を咥えて帰っていった。
◇
馬車の窓から、大きな町が見えてきた。
「空を飛んだときは一瞬だったけど、馬車だと移動に時間がかかるね……」
昨夜の寝不足がたたり、ずっと睡魔と戦っている。
私もミケも、馬車の中で大欠伸を連発中。
いま布団にもぐりこんだら、秒で寝られると断言できる。
⦅もうさ、いっそのこと皆の前に姿を見せて堂々と飛行魔法を披露するのはどう? レースだけを消して飛べば、自力で浮かんでいるように見えるし⦆
それなら、リサと同一人物とは絶対に思われないよ!とのミケからの提案に、グラグラと心が揺れ動く。
「う~ん……でも、ちょっとだけ様子を見ようかな。できれば、あまり目立ちたくないし」
大聖堂ですんなり用事が済むことが、一番望ましい結果だ。
騒動を落ち着かせ、女神様に姿を戻してもらい、帝都で手芸品の買い物をしてヘンダームに帰る。
うん、これが理想だね。
「そういえば、ミケちゃんはどうするの? 本来の姿のままでいる? それとも、また白猫になるの?」
⦅ボクも、聖獣って騒がれるのは面倒だから、やっぱりリサと一緒に姿を変えてもらうよ⦆
「じゃあ、これまで通りだね」
私たちの乗った馬車は、停止することなく検問を通り抜ける。
お貴族様と思われる馬車たちを端に待機させ、次々と順番を抜かして。
何事かと、検問に並んでいる皆様の注目を集めていた。
サイエル王国の王都門では、私たちはあっち側だったのにね。
「ねえ、ミケちゃん。この国の聖女って、そんなにすごい立場なの?」
⦅マイのときは、皇族の次に位が高かったかな?⦆
「……え"?」
⦅リサは、今さら何を言っているの? ラノベでも、聖女はそんな扱いだったでしょう?⦆
「そ、そんなことはないよ! 婚約を破棄されたり、国から追放されたりした聖女もいたもん!! 王子様から『この、偽聖女め!』とか言われて……」
私も、偽聖女だし。
⦅あれは、あくまでも創作上の話だよ。そもそも、自称で聖女になれるわけがないでしょう? マイは女神様の召喚魔法でよばれた聖女だったし、リサは女神様の御力を持った聖女。そんな人物を、国が軽く扱うわけがないよ⦆
女神の使徒が現れただけであんなに大騒ぎになるのに、聖女を蔑ろにしたらどんな結末が待っているのか。
考えなくても、わかるでしょう?と言われてしまえば、ミケの言う通りです!と納得するしかない。
⦅リサ、今乗っているこの馬車についている家紋を見た?⦆
「うん、綺麗なユリだったね」
ユリのモチーフも良いかもと思いながら、乗り込んだからね。
⦅ユリは、デール帝国の皇家の家紋だよ。覚えておいて⦆
「嘘……」
一瞬にして、目が覚めた。
もう、ミケちゃん!
何で、いま言うの!!
一番最初に教えてよ!!!
顔面蒼白になった私がミケへ文句を言っている間に、大聖堂へ到着する。
とにかく、さっさと役目を果たそう。
馬車から下りると、左右にずらりと兵士さんたちが並んでおり、それは大聖堂へ続く階段まで伸びている。
私は顔を隠しているから直接は見えないけど、皆さんの視線をひしひしと感じる。
⦅聖女に向ける視線は、『期待』、『安堵』、『好奇心』、『不安』『畏怖』ってところかな……⦆
抱っこされているミケが、代わりに報告をしてくれた。
うん、偽聖女だけど頑張るよ。
大聖堂の外も中も人払いがされているのか信者の姿はなく、女神像の前には三人の人物しかいない。
男の子と、若い男性と老年の男性だ。
この方々が、この国の皇太子殿下と宰相さん。そして、大司教様だと私が知るのはそれからすぐのことだった。




