第53話 聖火
しばらくして、ハワードさんはすっかり元気になった。
ケガは治ったけど、魔物と戦った返り血とか土埃などで体がかなり汚れている。
ついでに「フィレレース、洗浄!」で温泉マークが描かれたレースを頭から被ってもらい、服も体もスッキリさっぱりしてもらった。
今は、夜食代わりにおやつを食べている。
彼の両隣にはミケとレイ君もいて、同じ物を一緒にモグモグしていた。
私はおやつも食べずに何をしているのかというと、ずっと下の様子を窺っていた。
⦅リサ、もう諦めて地上に戻ろう。じゃないと、夜が明けちゃうよ?⦆
でも……
⦅ここまで強い聖火だと、絶対にすぐには消えないよ。おそらく、一年くらいは燃えるんじゃないかな?⦆
「ええええ~!」
ハワードさんとレイ君がビクッとした。
急に大きな声を出して、ごめんなさい。
「従魔は、何と言ったんだ?」
「えっと……(聖)火が強すぎて、一年くらいは燃えるんじゃないかって」
「ハハハ……ま、まあ、別にそうなっても、特に問題はないだろう、と思うぞ?」
ハワードさん、言葉を濁し、目を逸らしながら言わないでください。
⦅セイカ キレイ モンダイ ナイ⦆
レイ君、慰めてくれて、気を遣わせて、ごめんね。
私たちは、まだ奈落の底にいた。
◇
ハワードさんとレイ君を治療している間に、少しでも魔物退治をしようと奈落の底へ向かった私たちを出迎えたのは、小さな鳥の集団だった。
ちなみに、奈落へ入ったので照明魔法を行使している。
これで、私にも周囲がよく見えるようになった。
⦅あれは、ハミングバードだね。あの鋭い嘴で獲物を突き、血を吸うんだよ⦆
「あっちの世界のハミングバードは可愛いのに、こっちのは全然可愛くない!」
⦅さあ、さっさと片づけるよ⦆
ミケは、聖火を手当たり次第に投げつける。
ハミングバードは気持ち悪いくらい大量に出てきたが、聖火の前では成す術はない。
やはり、魔物に聖火は効果抜群だ。
あっという間に、ハミングバードは姿を消したのだった。
底に到着すると、下にも魔物が大量発生している。
⦅一体一体倒していると時間がかかり過ぎるから、ここは一気に片を付けるよ。というわけでリサ、お願い!⦆
「う、うん……」
⦅何度も言うけど、魔力は抑えてね⦆
わかっているよ。
魔力は控えめに、控えめに、控えめに……
「ファイアウォール!」
青白い炎の壁が数十本、私を起点として放射状に広がった。
見渡す限りの広範囲で、火炎地獄と化している。
あれ? 何で? どうして?
ものすごく抑えたはずなのに……
⦅うん、まあ……及第点かな⦆
ミケが頷いているから、これでいいのかな?
────なんて、軽く考えていた私だが、いつまで経っても聖火が消えない。
なんなら、さらに燃え広がっているくらいで、いつの間にか奈落全体が青白く発光している。
これ、今は夜だから、地上からも見えてしまうのではないだろうか。
心配でずっと上空から観察している間に、レイ君が復活し、ハワードさんが目を覚まし、現在にいたる。
⦅聖火の影響を受けるのは魔物だけで、他の生き物に害はないよ。森の木が燃えるわけでも、川が蒸発することもない。ただ、青白い空気が周囲に漂っているって感じかな? だから、心配はいらないよ⦆
魔物も湧かなくて、ちょうど良いし…とミケが言う。
その言葉を信じ、私は鎮火を諦めたのだった。
「お待たせして、すいませんでした。では、地上へ帰りましょうか? きっと、ルオンさんも心配していると思いますし」
レースをゆっくりと浮上させる。
途中にいた魔物もすべて退治してあるから、安心して通行ができる。
「戻ったら、あいつにも礼を言わないとな。ルオンがレイを君のところへ派遣してくれたおかげで、俺は助けられたのだからな」
「レイ君は、ルオンさんにいっぱい褒めてもらおうね! ワイバーンから逃げながら、頑張ったんだもん」
「ワイバーン?」
「レイ君は高所を飛んでいて、ワイバーンの縄張りに入ってしまったのでしょう。それで、二体のワイバーンに追いかけられていたんです。隣国の町の冒険者ギルドが『ワイバーンが国境を越えてやって来た!』と、ちょっとした騒動になっていましたね」
「『ちょっとした騒動』じゃなくて、普通は大騒動だぞ……それで、ワイバーンはどうなった?」
「私が墜落させておきましたから、大丈夫です!」
時間がなかったから、申し訳ないとは思ったが後始末は任せてきたと言ったら、ハワードさんが「ハハハ……」と顔を引きつらせて笑った。
「ところで、君たちは隣国にいたのか? 大事な用事があったのなら、すまなかった」
「私たちも帝国へ向かっているところでしたので、ちょうど良かったですよ」
「帝国に? その……私的なことを尋ねるが、どのような用事で?」
「えっと、知人(女神様)に会うためですね。あと、手芸用品の買物とか」
「そうか……込み入った質問をして、申し訳ない」
「大丈夫ですよ。私たちも、ハワードさんたちが任務で帝国へ潜入中だと知っていますので、これで公平ですね」
女神様に会うことは秘密だが、それ以外は別に隠すこともない。
「そうだ、地上に着く前に確認をしたい。帝国で君たちが変身魔法を使っているのは、何か事情があるのか? 別人になっているのであれば、俺もルオンも口裏を合わせて初対面を装うが?」
ハワードさんに尋ねられ、私とミケはハッとする。
そうだった。
魔力の制御ばかりに気を取られ、見た目が変わっていることをすっかり忘れていた!
⦅念のため、帝国では別人になっておこうか? あと、レースの魔法は、できるだけ封印で⦆
そうだね。
それが、いいかもしれない。
「えっと、初対面ということでお願いします。今の私は『ミサ』で、ミケは『リケ』と名乗りますので。ハワードさんは、冒険者のハイドさんでいいですか? 今は紫髪ですけど……」
「それで頼む」
そう言いながら、ハワードさんは髪色を空色に変えた。
「私は……魔法使いのままでいいです」
魔法が使えるのに手芸作家を名乗ると、ややこしいからね。
◇
あともう少しで地上に着く頃、突然ミケが叫んだ。
⦅リサ、レースを止めて! 周囲に人が集まっているみたい!!⦆
慌てて照明魔法を消し、停止させる。
「こんな夜中なのに、上に人がいるようです」
「奈落は特殊な場所だからな、常に見張りの者がいてもおかしくはないぞ」
「では、不可視化魔法でこっそり奈落から出ますね」
「いや、俺とレイだけ歩いて上がる。君たちは、姿を消したまま行ってくれ」
ハワードさんが奈落に落ちたことは皆が知っているから、戻った姿を見せる必要があるとのこと。
あと、それとなく奈落の状況を説明してくれるようだ。
◆◆◆
奈落を覗き込んでいたルオンは、崖の道から何かが上がってくる気配を感じ、急いで後ろに下がる。
「おい、奈落から何かが来るぞ!」
「総員、警戒態勢に入れ!」
上官の男が指示を出し、士気の下がっていた兵士たちにも緊張がはしる。
全員が武器を構えるなか、奈落から姿を現したのは肩に鳥をのせた人物だった。
鳥はルオンに向かって真っすぐに飛んでくる。
「レイ! おまえ戻っていたのか? ということは……」
「ルオン、心配をかけたな」
「副…ハイドさん! 無事だったんですね!!」
ルオンは猛ダッシュで駆け寄り、勢いよく抱きつく。
間違いなく、紛れもなく、ハワードだった。
「良かった…です。本当…に良か…った」
思わず涙があふれる。
男泣きをしているルオンの背中を、ハワードが優しく叩く。
レイが上空を嬉しそうに飛び回っていた。
騒ぎを聞きつけ集まっていた冒険者たちも、「良かったな!」と皆で喜びを分かち合う。
そのときだった。
「あ、あの者を、即刻捕らえよ!」
感動の再会場面に似合わぬ命令が、突然下る。
ハワードはルオンと引きはがされ、縄を打たれてしまう。
立派な髭を生やした指揮官の前へ引っ立てられた。
「おい、ハイドさんが何をしたと言うんだ!!」
「騙されるな! こやつは、人に化けた魔物だ!!」
「はあ? おまえは、何を言っているんだ! 早く、その縄を解け!!」
何も言わないハワードに代わり、ルオンが猛抗議する。
魔物などとあらぬ疑いをかけられ、怒り心頭だ。
「どこが魔物だ!」
「落ちたら最後、何人たりとも生還できぬ奈落から生きて戻った者が、人であるはずがなかろう!!」
「これまでのことなんか、知らん! でも、現にここへ戻ってきただろうが!!」
「だから、魔物であると言うておる!!」
まったく話にならない!と、ルオンは憤る。
しかし、周囲を見回すと、怯えた目でハワードを見る兵士たちの姿があった。
女神の使徒の出現。神罰への恐怖。奈落の異常事態。
彼らは怯え、疑心暗鬼になっている。
「帝都へ連行し、厳しい取り調べをする!」
厳しい取り調べとは、すなわち拷問を意味する。
これは、まずい。
たとえ魔物ではないと証明できても、ハワードがサイエル王国の間者だとバレたら処刑もありえる。
ルオンは身震いした。
「その者を、牢へ連れて────」
「お待ちください。 彼は、魔物ではありません」
指揮官の前に突如現れたのは、外套を頭から被り姿を隠した女だった。足元には猫もいる。
ルオンはリサだと思ったが、声の感じが違う。猫も白ではなく斑模様だ。
何の前触れもなく突然目の前に現れた女に、指揮官は腰を抜かす。
兵士たちは武器を構え女を取り囲むが、女が気にする様子はまったくない。
「な、何者だ!!」
「わたくしはミサ。こちらは従魔のリケと申します。それで、そちらの男性が無事だったのは、わたくしが助けたからです。これで、奈落の魔物を殲滅しましたので」
女の掌に浮かんだのは、青白い火の玉だった。
それは、奈落の底から漏れ出る光と同じ色のもの。
「この炎は魔物にしか効きません。実際にやってみましょう」
女は落ち着いた声で説明を始める。
複数の火の玉を同時に出し、この場にいる全員へ素早く投げつけた。
「うわぁ!」
至近距離でいきなり攻撃され、指揮官が悲鳴を上げた。
素早く反応し避けた者もいるが、ほとんどの者の体に当たる。
しかし、火は付かず熱さも感じない。
「ご覧の通り、彼もあなた方も、誰も燃えません。ご理解いただけましたか?」
ルオンは、自分の頭に当たって落ちた青白い火の玉を興味深げに観察する。
昔、学園の書庫で読んだ古い文献の記述を、ふと思い出す。
ある人物が行使した火魔法は対魔物に特化しており、人を傷付けることは一切なかったと。
理由は、その青白い火の玉が────
「せ、聖火に、額に星章がある斑の眷属……この方は、聖女様だ!!」
腰を抜かしたまま、指揮官の男が叫んだ。




