第52話 間に合った!/何が起きている?/会いたかった……
超爆速で帝国へ着いた私たちは、もちろん国境門も空から通過し奈落へ一直線に向かう。
すっかり日が暮れていたから、誰にも見られてはいないけどね。
レイ君がレースリボンを持ってきてくれたから、探知魔法でハワードさんの居所はわかる。
奈落に飛び込むと、ミケが⦅ハワードが、墜落中だね⦆と冷静に言う。
「えっ!?」
⦅ボクの言う通り、レースを操作して⦆
「ミケちゃん、頼むね!」
まずは、飛行機モードからヘリコプターモードに変更。
私にはまったく見えないから、ミケの指示通りの場所でレースを停止させる。
直後、ハワードさんが落ちてきた。
「間に合って、良かった……」
あと少しでも遅れていたら、間に合わなかった。
レースでふんわり受け止め、すぐに治癒魔法を行使する。
レースに包まれたレイ君と、レースで巻かれたハワードさん。
私は安堵でホッと息をつく。
ミケはというと、空中で座ったまま、音に反応して地面から顔を出すワームたちを次々と聖火で燃やしていたのだった。
まるで、モグラ叩きのゲームをしているみたいだね。
◇
⦅さて、ワームは片づけたし、ついでに底にいる魔物も燃やしておこうか。どうやら、百年前のように魔物が大量発生しているみたいだし⦆
「大量発生!? すぐに、やろう!」
これは、ラノベによく登場した『スタンピード』というやつなのだろう。
奈落の森は帝都に近いと聞いているから、魔物が町へ押し寄せたら一大事だ。
⦅マイは飛行魔法が行使できなかったから、前回は底にいる魔物までは殲滅できなかったんだ⦆
「じゃあ、今回片づけておけば、これから安心だね」
⦅リサは、ついでに魔力を抑える練習をするといいかもね。風魔法とか火魔法は、きっとものすごい威力だろうから⦆
たしかに『捕縛』でもあんな感じだったから、気を付けないと周囲の人や物を巻き込んでしまうかもしれない。
私とミケは、奈落の底へ向かったのだった。
◆◆◆
奈落の近くに設けられた野営地で、ルオンは眠れぬ夜を過ごしていた。
◇
魔物の襲来が落ち着き、ルオンがレイと合流できたのはしばらく経ってからのことだった。
ハワードを助けるために奈落へ向かわせたレイが持ち帰ってきたのは、引きちぎられたレースリボンだった。
レイが一生懸命に何かを伝えようとしているのだが、ルオンには半分くらいしか理解できない。
ただ、ハワードが生きていることだけはわかった。
(こんなとき、アイツがいたらな……)
悔しいが、リサならレイの考えていることが全部理解できるだろう。
そして、奈落の底まで救出に行くことも。
少し思案したルオンは、レースリボンをレイの前に出す。
リサは以前、においで探知できると言っていた。
「レイ、おまえに頼みがある」
ルオンの頼みごとを聞いたレイの瞳がキラリと輝く。
従魔がレースリボンを持ち帰り必死に伝えようとしていたのは、このことだったと主はようやく気づく。
「必ず、アイツへ伝言を届けてくれ。これは、高速飛行ができるおまえにしか頼めない仕事だ」
ルオンの言葉を受け、レイは空に舞い上がる。
南の方角へあっという間に姿を消した。
◇
あれから半日が経過している。
サイエル王国から帝国までは、馬車ならひと月半から二月かかる距離がある。
空を飛んだとしても、早くても数日はかかるだろう。
それでも、ルオンは希望を捨ててはいない。
頼もしい上官なら、奈落の底でもきっと生き延びられると。
目を閉じ何度か寝返りをうっていると、外がやけに騒々しい。
様子を見に仮設のテントを出ると、当直の兵士たちが忙しなく動き回っていた。
「おい、何かあったのか?」
「奈落で異常事態が発生しているらしい。これから、偵察に向かうところだ」
「俺も一緒に行く!」
「物好きな奴だな。何かあっても自己責任だぞ」
「わかっている」
偵察部隊は数名ほどだが、皆明らかに士気が下がっている。
誰もこんな夜中に奈落の様子を見に行きたくはないのだろう。
そんな彼らを追い抜かし、ルオンは真っ先に駆けつけた。
遠目からでも、奈落からうっすらと光が漏れているのが見える。
「おい、どういう状況だ?」
「わ、わからない。遠巻きに監視していたら、ドンドンと地響きがしたんだ。音はすぐに収まったが、しばらくしたら今度は光が漏れてきて……」
ルオンは構わず奈落へ近づく。
そっと覗いてみると、青白い光が底一面に広がっていた。
「一体、何が起きているんだ……」
◆◆◆
ハワードは、夢を見ていた。
リサを尾行しておびき寄せられた行き止まりの道で、レースで簀巻きにされている。
「違う! 俺は悪人じゃない!! 山には捨てないでくれ!」
懇願しても、レースの向こう側にいるリサとミケは無表情でハワードを見つめているだけ。
急に胸が圧迫される。
息苦しい。
「た、助けてくれ!」
叫んだ自分の声で、目が覚めた。
目の前に、額に星章がある斑猫の顔がある。
息苦しかったのは、猫がハワードの胸の上に乗っていたからだった。
「ちょっとミケちゃん、ハワードさんの上に飛びのったらダメでしょう! えっ? うなされていたから、起こしてあげただけ? それなら、もう少し優しいやり方があるでしょう?」
横から手が伸びてきて、ひょいと猫を抱き上げる。亜麻色髪のリサだった。
「ハワードさん、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「どうして、君がここに……そうか、これは夢か」
気づくと、さっきと同じくレースで簀巻きにされている。まったく身動きがとれない。
地上に向かっている途中で魔力切れにより、自分は墜落死した。
そして、おかしな夢を見ている。
リサは初めて出会ったときと同じ亜麻色髪で、ミケは斑猫の姿。
自分が簀巻きにされているのは、意味不明だが。
ミケが下りたと思ったら、今度は黒い鳥が乗ってきた。
レイがハワードの髪を引っ張って、濃紺のレースリボンを外してしまった。
「もう、レイ君もいたずらしたらダメでしょう? ハワードさんはケガ人なんだから、いたわってあげ…えっ? ハワードさんに、夢じゃないよって教えるため?」
リサが驚いた顔でハワードを見た。
「ハワードさん、起きていますよね? これは、夢じゃないですよ」
指で頬を軽くツンツンされた。
くすぐったくて、本当に触れられているとわかる。
ハワードは、自分が生きていると実感した。
「いろいろと尋ねたいことがあるのだが……俺は、なぜ君に簀巻きにされているのだろうか?」
「ご、誤解ですよ! これは、私の治癒魔法なんです! 治療中なので、ハワードさんはもうしばらくそのままでいてくださいね」
「治癒魔法……簀巻きでか?」
「ハワードさんは、全体的にボロボロだったんです! だから、全身を巻くしかなかったんですよ!」
リサの必死の弁明に、クスッと笑いがこみ上げる。
こんなやり取りがまたできるとは、死を覚悟したあのときは思ってもいなかった。
生きていて良かったと、心の底から思う。
(会いたかった……)
リサの顔を見つめながら、ハワードは小さくつぶやいた。




