第50話 姿が戻っちゃった
臨時の手芸教室は、何事もなく終えることができた。
最初は悪戦苦闘していたステラ様もリリアーナ殿下も、コツを掴んでからは順調に編み進めていた。
太い毛糸で編んだから、目が飛んでいても網目が不揃いでも、あまり目立たない。
使用人の力を借りず、自分一人の手で編み上げた経験こそが大事なのだ。
リリアーナ殿下は、「もっと練習して、お母さまに差し上げる」と意気込んでいた。
ステラ様も同様だった。
二人が帰り、ホッと息を吐く。
商業ギルドの担当として同席していたオリビアさんが、「これからは、ハンカチに刺繍をする代わりに、シルクの毛糸を指編みで編んだシュシュを、意中の男性へ贈られる貴族令嬢が増えるかもしれませんね」と微笑んでいる。
「貴族の方々には、その様な慣習があるのですか?」
「貴族だけということではないですが、手作りしたものをお相手の方が受け取られると周囲からは相思相愛と見られるのですよ」
まるで、バレンタインデーに本命手作りチョコをあげるみたいだね。
ルーク様とかハワードさんやルオンさん、ロベルト君たち男性貴族は髪の長い人が多いから、色と素材によってはシュシュでも使ってもらえるし。
リリアーナ殿下が学園で最初にすれば、あとに追従する女の子たちが増えそうだ。
その後、シルクの毛糸で作るシュシュの契約を交わす。
オリビアさんの予想では、価格は銅貨八枚くらいになるのではないかとのこと。
通常シュシュの、なんと八倍の値段!
でも、オリビアさんが売れると断言したから、売れるんだろうな……
◇
無事役目を終えた私は宿に戻った。
お留守番をしていたミケの要求に従い、買い置きのお菓子をさっそくテーブルに広げる。
食べながら、今日あった出来事を話して聞かせた。
⦅そういえば、リサもハワードに刺繍ボタンやレースリボンをあげたね。彼も、周囲からそういう風に見られていたりして……⦆
「ふふふ、それはないよ。だって、あれは緊急時のボタンとミケちゃんのお下がりだよ?」
⦅でも、それを知っているのは、ハワードとルオンだけでしょう? 誤解されていないと、いいけどね……⦆
ミケが、またそんな不安になることを言う。
ちょっと心配になったから、今度ハワードさんに会ったときにでも聞いてみよう。
もし本当に誤解されていたら、申し訳ないからね。
◇◇◇
商品制作を進めている間にどんどん日々は過ぎ、あと数日で女神様の御力効果が切れる三か月になろうかという日の朝、目を覚ますとミケが三毛猫に戻っていた。
⦅やっぱり、戻っちゃったか……⦆
「私は、黒髪のままだよ?」
自分の髪を見ても、まだ亜麻色にはなっていない。
⦅……リサ、鏡を見ておいで。目が茶色になっているよ⦆
「えっ!?」
慌てて洗面所へ駆け込む。
「ホントだ……」
髪は黒なのに、瞳の色は茶色になっていた。
⦅予定より少し早いけど、帝国へ出発する準備をしようか⦆
「そうだね。じゃあ、まずは納品を済ませておこうかな」
最近はどこにも出かけず引きこもりで頑張ったから、今回はちょっと余裕がある。
売れ筋商品のシュシュは留守にすることを見越して余分に作っておいたこともあり、予約分の他にも多数オリビアさんへ預けておくことができる。
髪留めも予約分とは別で、小花の真ん中をガラスのビーズで飾ったものを新作として数点お試しで出そう。
光が当たるとキラキラと反射して綺麗だから、ぜひ着けてもらいたい。
窃盗事件の被害にあったひまわりの髪留めの持ち主さんは、「綺麗なので、このままがいいです!」と言っていたらしい。
またフードを頭から被り、怪しい人全開で商業ギルドへ向かう。
ミケは、もちろんお留守番だ。
私は寝ぼけてベッドから落ち、おでこを強打したことになっている。
オリビアさんからは、「リサさんは、案外うっかりさんなのですね」と言われてしまった。
私用でまた旅に出ると伝えたが、帝国へ行くと正直に告げることはできない。
なぜなら、通常の方法で行けば馬車で片道二か月もかかる行程だから。
でも、飛行魔法で向かえば二日で到着する。
用事がすぐに終われば、おそらく一週間もかからずに戻って来られるかもしれない。
今回は行き先は内緒にして、ひと月くらいは帰らないと言っておいた。
せっかく帝都へ行くのだから、サイエル王国にはない珍しい手芸の素材があれば買って帰るつもりだ。
王都のときのように、すぐに女神様に会えるとは限らないしね。
商業ギルドからの帰りに、宿の受付で同じ説明をしておく。
明日の朝出発予定だと忘れずに告げ、部屋に戻った。
そして翌朝、やはり私も亜麻色髪になっていたのだった。
◇
今回は帝国へ向かうので、いつもよりも高度を上げて飛行する。
だから、不可視化魔法は行使していない。
前に王都へ行ったときは雨が降っていたけど、今日は良い天気だ。
レースの上で編み物をしながら、のんびり空の旅を楽しんでいると、ミケが⦅買うのを忘れてた!⦆と叫んだ。
「買い忘れたものなんて、あったっけ?」
⦅リサの防寒具だよ。これからの季節は、北へ行くほど寒くなるからね。外套を買っておくべきだった⦆
そうか、サイエル王国は年中通して温暖な気候だけど、帝国まで行くと気候も変わるんだね。
途中の隣国の町に寄り道をして、服とついでにおやつも買っておく。
私たちにとっては、帝国行きも遠足みたいなものだから。
ちなみに、真面目に検問へ並ぶと時間がかかるので、私とミケは不可視化魔法で不法入国をしています。
ごめんなさい。
どこの国のどの町も、大体大きな通り沿いに冒険者ギルドや商業ギルドがある。
買物途中に冒険者ギルドの前をたまたま通りかかったら、何やら騒々しい。
何かあったのだろうか。
⦅どうやら、二体のワイバーンが国境を越えてこの町に向かっているみたいだね⦆
耳の良いミケが、中の状況を教えてくれる。
高ランク冒険者を強制招集し、討伐隊が編成されているらしい。
「でも、ワイバーンの縄張りって高所だよね? なんで、高地でもないこの町に来るんだろう?」
⦅なにか理由があるかもしれない。リサ、こっそり様子を見に行こう⦆
「うん!」
私たちで対処できるのであれば、討伐までしておいたほうが良いかもしれない。
犠牲者が出てしまったら、大変だからね。
ワイバーンくらいの大物であれば、ミケがにおいで探知できるそうだ。
私は言われるまま、ワイバーンたちが飛んでくる方向へレースを向ける。
⦅いた! あそこだ!!⦆
「えっ、どこ? 全然見えない……」
⦅奴ら、なにかを追いかけているよ。あれは……鳥? 違う、レイだ!! リサ、急いで!!⦆
「了解!」
小さな点だったものが徐々に大きくなって、次第にその姿を現した。
二体のワイバーンは、執拗に黒い鳥を追いかけている。
レイ君、すぐに助けるからね!
「フィレレース、捕獲!」
そういえば、この姿で魔法を行使するのは初めてだ。
いつもの感覚で魔法を使ったら、びっくりするくらい大きなレース網が出てきた。
一枚で、二体をまとめて捕獲してしまう。
そのまま、ワイバーンは墜落していった。
⦅リサ、レースだけ消しておいて。あとは、この町の人に任せよう⦆
墜落した場所が、民家とかがない場所で良かった。
何も無い草原の上だし、(ミケいわく)誰もいないみたいだから、大丈夫だよね。
レイ君は力尽きたようにレースの上に倒れた。
嘴にくわえていたものが、ぽろっと落ちる。
それは、ダークグレーのレースリボンがちぎれたもの。
私がハワードさんへあげたものだった。
⦅タスケテ…ハワード…ナラク…オチタ⦆
黒くて気づかなかったけど、レイ君の羽根は所々傷が付きケガをしていた。
すぐに治癒魔法のレースでレイ君の体を覆い、私の膝に乗せる。
「ハワードさんが『ナラク』に落ちたって、どういうことかな?」
ナラクって、何だろう?
⦅リサ、全速力で帝国まで行くよ!!⦆
「りょ、了解!!」
ミケが慌てているから、大変なことが起きているようだ。
飛行魔法は、ヘリコプターから飛行機モードへ変更する。
こちらは新幹線と同じくらいの速度が出る。
これが、今の私に出せる最高速度だ。
おそらく、帝国までは二,三時間くらいで到着できるはず。
⦅レイがこんな状態だから、ボクが代わりに説明をするよ。ナラクとは、帝都の近郊にある『奈落の森』のことだ⦆
「奈落の森……」
⦅百年前、この森にクリスタルゴーレムが出現した。帝国は軍隊を総動員して対処しようとしたが、まったく歯が立たなかった。それで、聖女を召喚したんだ⦆
「おばあちゃんは、クリスタルゴーレムを討伐するために召喚されたのね」
⦅帝都の民を救うために、女神様が帝国へ召喚魔法を授けたんだよ。そして、討伐したのがマイとボクなんだ⦆
「そうだったんだ……」
そんなことがあったなんて、全然知らなかった。
⦅この森が『奈落の森』と言われるのは、森の中央に巨大な穴が開いているから。まあ、あれは穴と言うよりも渓谷と言ったほうが正しいかもね。そこから、魔物が湧き出している⦆
「そんなところに、ハワードさんが落ちたってこと? 早く助けに行かないと!!」
⦅だから、いま全速力で向かっているよ。ハワードは風魔法が使えるから、落ちてもたぶん無事だよ。ただ、奈落はかなり深いし、魔物がたくさんいる⦆
レイ君が私たちに助けを求めに、わざわざサイエル王国へ向かっていた。
きっと、ハワードさんが自力で脱出できない事態になっているのだろう。
引きちぎられたようなレースリボンを見ていると、気ばかりが焦る。
どうか、無事でいてくれますように。




